episode02-1 メールと電話

 夢見が悪い。それはここ最近よく続くことである。しかしそれによる精神的な負担が徐々に大きくなってきていることについては実感している。
 「……!」
 起きた瞬間、体が熱を発していることがわかるくらいに汗をかいていた。特に頭。まるで激しい運動をしていたかのように荒い呼吸。けれどそれも長くは続かない。落ち着くにつれて、先ほど見た夢の内容がフラッシュバックする。一体なんで、あんな夢を見るのだろう。
 布団から起き上がった姿勢で、時計を見る。午後二時。おかげでここ最近はホラーゲーム等は避け続けてきたのだが、それも全く効果を見せていない。一体なんだというのだろう。
 ふと外を見ると、今日は雲の量が多い気がする。天気予報では雨が降らないと言っていたものの、これではどうなるかわからない。とりあえず着替えようと、布団から出た。
 毎日のように汗だくになるので最近はジャージとかスウェットで寝るようにしている。が、それでも毎日洗濯をしないと追いつかないほどになっていた。面倒だがこれをしないことには寝間着がない。中学校の体育の授業で使っていたジャージ。当時は馬鹿にしていたけれど、今となっては重宝している。
 朝風呂、と言うには遅すぎる時間帯だが、シャワーを浴びて嫌な汗を流した後、洗濯機を回してから部屋に戻る。携帯電話を拾い上げると、メール着信を示すランプが明滅していた。携帯電話をネットにつなぐための機器として使っていた世界にとっては珍しいことだった。ぎこちない手つきでメールを開く。
 『起きてるか?』
 簡素にそれだけ書かれたメールだった。時刻は8時30分。実に6時間近くたっている。むしろその時にはまだ寝てから2,3時間というところだったので航輔も期待していなかったのだろう、それ以降確認のメールが来る様子もない。
 『今起きた』
 随分とそっけない気もする。けれどそれはお互い様だし、何より他になんて書けばいいのかはわからない。送信ボタンを押し、携帯を閉じ、そろそろ何か食べようか、と考え出した頃合いにまた返ってきた。
 「……」
 早い。世界がメールを見て、返信に何を書こうか考えて、それを打って、送信ボタンを押すまでの時間から考えれば約半分。驚くのも無理はない。そもそも、アドレスは知っていてもそうメールする機会が今までなかったのだ。とにかくメールを開く。
 『いくらなんでも遅すぎだろ、早く寝ろ』
 言い方が多少腹立たしいが、間違いなく正論である。昼型夜型でいうのなら、完全な夜型生活を送っている。時計が一桁のうちは立派に朝だというが、朝に起きている方が逆に珍しい。
 『そういうお前は何時起きなんだよ』
 送った後で聞かなきゃよかった、と後悔した。間違いなく航輔は早寝早起きタイプである。よしんば違っていたとしても世界より遅いとも思えない。
 『それ聞いてどうするんだ?』
 航輔も同じことを感じたらしい。それはそうだ、どうせ7時とか8時とか、至って普通な時間なのである。
 『悪かったよ、ところでお前は何してんの?』
 メールするくらいなら直接来いよとも思ったが出かけているのかもしれない。それとも世界と同じく家から出たくないとか。あの航輔に限ってそんなことはないだろうと思う。
 『今日は高校が同じ奴と親睦会みたいなもんだが……そういえばあさって暇か?』
 予想の斜め上どころか一周回っていた。活動的である。まさか高校入学前から交流を深めようだなんて世界には思いつかないしやろうともしない芸当と言えるだろう。というより、他校から進学してくる人間とどう知り合うのかは逆に興味が湧くところだが、どうせ知ったところで実行はしないのだから意味はない。
 『あさって? あさってはゲーム買いに行くから暇じゃねえ』
 『暇ってことだな』
 暇じゃないと明記したにも関わらずこの返し。もしかして本文を一切読んでないのではないだろうか。どうせ暇じゃないと言ったところで予定がないのはバレバレだろうから、誤魔化さなくてよくなった分いいのかもしれないが。
 『んで、なんだよ?』
 とりあえず適当に返し、いい加減うるさくなってきた腹の虫を黙らせるために何か食べることにする。冷蔵庫をあさったらパンが出てきたのでトースターに突っ込んだ。……その間にメールが返ってきていたことについてはもはや言うまでもないことだろう。
 『陸と鎌橋で買い物する約束してたんだが、お前も来い』
 普通そういう場面は来るか?とか疑問形にするものではないだろうか。少なくとも断定するべきではないが、直前に暇と言ってしまったのでもう遅い。
 『分かったよ、明後日だよな』
 そこでようやく気付いた。陸。森田陸、という名前の猫獣人。一応この村に住む、世界の幼馴染。航輔と同じく、最近まったく会っていない。昔はやたらと一緒に遊んでいた気がするのに、だ。世界が引きこもりがちになってから少し疎遠になってしまったような印象である。
 それでも完全に縁が切れたわけではない。少しだけ会うのを楽しみにしているのも、またいいかもしれない。コーヒーに一つだけガムシロップを入れたような、苦くて甘いそんな気分だった。
 「陸、か……」
 最後に会話を交わしたのは、確か陸の誘いを断った時のように思う。用事があったと言えばあったのだが、それ以来なんだか妙に気まずくなってしまったきらいがある。やはりそんな状態で会うのは良くないと世界は考え、陸に電話してみることにした。
 けれど、その前に。
 「あ、焼けた」
 トースターに突っ込んでいたパンが勢いよく飛び出し、まずはこれを食べることにした。
 そして10分後。発信ボタンを押す手前で躊躇っている世界がいた。どうしよう。まだ引き返せる。このまま電話しないでおいて、あとはあさってなんとかしよう。ついそんな考えがよぎる。そんなことじゃ駄目だとわかっていたけれど。
 けれど、いつまでもそんなことを言ってても始まらない。今やらないと多分、明後日までずっとそんなことを考えながら過ごす羽目になる。それだけは避けたい。もうここまで来たら当たって砕ければいい。発信ボタンを、押す。
 呼び出し音が一回。出てくれるだろうか。出てくれると思う。陸は優しい奴だから。
 呼び出し音が二回。これで出てくれなかったら、きっと携帯を見てないか、気づいてないか。
 呼び出し音が三回。そろそろ出る頃合いだろうか。どくん、と胸がはねたのを感じる。
 呼び出し音が四回。一回鳴っている時間が異様に長く感じる。
 呼び出し音が五回。ついに出た。
 『もしもし、世界?』
 「お、おう、陸か?」
 わざわざ聞く必要はなかった。けどそれを反省してるほど、今の世界に余裕はない。
 『久しぶりだね、どしたの?』
 「あ、え、えーと……こないだのことなんだけど……」
 きっと今、航輔に電話するよりよっぽど緊張している。そう思いつつ、どうにか言い難いけど、伝えたいことを紡いでいく。
 『あー、もしかして気にしてた? いいっていいって』
 全部言う前に陸が先取りして全部答えていた。優しい奴も意外と考え物なのかもしれない、と世界は思う。これでは何のために電話したのかわからなくなってきた。けれど、陸がいい、と言ったとしても謝るべきことには違いない。
 「うん……ごめん」
 『な、なんでそんな深刻そうなの……?』
 そこで世界は気が付いた。もしかして、気まずいと思ってたのは自分だけだったのではないか、と。
 「そ、そんなことねーって!いやさ、航輔に明後日誘われたんだけど」
 『そういえばそうだったね。うん、久しぶりに遊べるから楽しみにしてるよ』
 それからしばらく会話を続けた後、電話を切る。一気に全身から力が抜け、ソファに沈み込む。なんで陸に電話するくらいでここまで疲れたのだろう。思い当たることがないわけではない。けど直視はしたくない現実だった。
 けれど、これで陸に対して一方的に抱いていた気まずさは解決するだろう。そう思えただけでも意味のあることだった。  握ったままの携帯電話を操作しようとして、またメールが来ていたことに気付く。メールボックスを開くと、航輔からだった。あのあともまたメールを送っていたらしい。
 『陸に電話したの、お前か?』
 そしてどうやら、陸と航輔は一緒に居るらしい。そういえば、懇親会のようなものに行っている、と前のメールに書いてあった気がする。とすれば陸がいてもおかしくないのだが。
 『そうだけど』
 問題は、なんで航輔がそんなことを気にしたのか、と言う話である。取り立てて疑問に思うような話ではないものの、少しだけ世界は気になっていた。
 『ふーん』
 この返しにも違和感を覚えたものの、それをうまく説明できなくなって世界は返信するのを止めた。メールでの会話と言うものはいつかは切らなければならなくなるものである。それが今でも別におかしくはない。ちょうど会話も切れた。
 けれど、最終的に世界は、考えるのを止めた。ゲームのコントローラーを握り、電源を入れる。もしかしたらダメ人間って俺のことを指すのかも、と思いながら、それでもやはりゲームに逃げることにした。うまく説明できないような違和感について考えていても仕方がない、と思ったから。それでも少しは考えてみるべきだったのかもしれない、と反省するのはもっと先の話になるのだが。
 

- continue -

2012-03-02

書きにくい。ほんとに書きにくい。
理由はわかんないけど4話目からなんか不調。
5話目はそれなりに重要な話がいくつか混ざってたりするのに。
とにかく一通りは完結させたい。