episode04-7 朝がまた来る

 航輔は、後悔していた。世界に告白してしまったことに。自分の気持ちをきちんと告げることができたという意味において、それは正しいけれど。言うタイミング、雰囲気、それらもろもろの要素がきちんとそろっていたかと言えば、否定せざるを得ない。
 とにかく、勢いだけで言ってしまったことが一番に後悔していることだ。もっとちゃんと雰囲気づくりや事前の根回しもきちんとしておきたかった。これじゃあただ勢いで押し切ろうとしているのと、何も変わらない。それで世界を自分のものにしようなんて、傲慢もいいところだ。
 けれど、さらに問題があると言えば、世界が満更でもなさそうだ、ってこと。嫌悪感いっぱいで接してくるより幾分かましだ。同性から告白されてそうなってしまうのも、ある意味でしかたのないことなのかもしれないけれど。それでなぜ問題か、といえば、もっとちゃんと事を運んでいれば、きちんと受け入れてくれる可能性があったかもしれないということ。勢いで告白して、これほど後悔した点はないだろう。
 だから、せめてもの善後策として、世界に考える時間を上げようと思い、家を後にした。それは航輔にとっては逃げるという行為に他ならないけれど。そうしないと、航輔も世界に顔を合わせづらかったのだ。どうにかしたいとも思ったけれど、ここから先は世界に任せるしかない。航輔には手の付けようもない話だからだ。あの気持ちを嘘だと偽ることは出来ない以上、仕方ない。
 家に着いてからの航輔は、世界が気になって気になって仕方がなかった。だけど、今日一日は自分から連絡しないと決めた。一定期間は考える時間として。本音は考える時間を与えたということで、自分から連絡を送れるように、理由付けをしたかったから。最悪、また幼馴染という関係でいいから、世界と一緒にいたい。
 けれど、その航輔の心配も杞憂に終わる。夕方に差し掛かった頃合いに、世界がメールをよこしてきたのだ。
 『話がある、晩飯食ったら家に来て』
 来たか、と一番に思う。そして二番目は期待だった。世界が自分のことを好きだと言ってくれるのではないか、という期待。それはただひたすらに航輔の願望でしかない。そうあればいいな、と思うだけ。夏の夜を流れて儚く消える、流れ星のような願い。
 それが叶うかどうか、わかっているのは世界だけ。結論だけをメールしてくれても構わなかったけれど、世界としては自分の気持ちは直接伝えたかったのだろう。航輔がもし逆の立場でも、そうする。自分の気持ちは、相手に直接伝えたい。それがどんな気持ちだったとしても。
 とにかくさっさと晩御飯を食べて、世界のもとに行きたかった。晩御飯を食べずに行っても別段構わないくらいだ。けれど、世界にそういわれた以上はしょうがない。午後7時までの我慢だ。それは長いようで短いようで、やっぱり長い。時計の針が全く進まない間隔は、イライラしてしょうがなかった。とにかく希望はただ一つ。世界の気持ちを確かめたい。
 そして午後7時になると同時に、家を飛び出した。奏はなんだか見守るような表情を見せていたけれど、それについて深く考えることはやめた。たとえすべてが筒抜けだったとしても、もう止まるつもりはなかったから。
 日が沈んでしまい、暗くなった道を自転車で進む。途中バランスを崩しそうになったけれど、無理やり体勢をもとに戻して進む。着いた時には一回くらい転倒したけど、そこまで航輔は慌てていた。
 「よ、航輔」
 世界は縁側に座っていた。まるで航輔が来るのをそこで、待ってたみたいに。いや、間違いなく待ってたんだろう。妙に落ち着いて見えたけれど、それは気のせいなのだろうか。
 「……来た、ぞ」
 まだ一気に自転車で坂道を駆け上がった、後遺症が出ている。具体的にはまだ息が切れている。けれど、一刻も早く世界の気持ちを知りたい。
 「ま、こんなとこでもなんだから、上に行こうぜ。……今日は満月だ」
 ふと夜空を見上げると、間違いなく円形で、黄色い月が浮かんでいた。
 「……お前」
 少し前にそんな約束をしたような気もするけれど。航輔は完敗だ、と悟った。根回しや雰囲気づくりは完全に世界のほうが上手だった。どんなことを言われるかはまだわかってない。けど、告白するにはこんないいシチュエーションはない。心からそう思った。
 二人並んでちょっとだけ歩く。心なしか二人の間が狭いような気もした。実際、手が何度か触れ合ったけれど、世界はそんなことは気にしてない様子だった。何か吹っ切れている、というべきだろうか。
 そしてまた、この間みたいに二人並んでベンチに座る。ただ前と違うのは、二人で前を向いていたのだが、今度は向き合っていたこと。
 「航輔……ごめんな、朝は」
 「いや、俺は別にかまわんが……」
 何を言えばいいのかがわからない。それが一番正しい。世界がこんなに自分を見つめてくる状況で、なんて言えばいいのかがわからないのだ。単純に言ってしまえば、世界に押されている。
 「俺さ、ああいう風に好きって言われたことがないから、どうしたらいいのかわかんなくて」
 「……」
 航輔も、誰かに好きと言ったのは初めてだった。もしかして好きという感情を明確に伝えたいと思ったことも初めてかもしれない。
 「まあ、だから迷ったよ。ぶっちゃけ今までみたいな感じが居心地良かったからな」
 「友達みたいな感じ、ってことか」
 そんな距離感の良さは航輔もわかる。けれど、もっと航輔は世界のことを知りたい。もっと世界と触れ合いたい。だから、航輔としてはもう少し近い距離感が欲しい。
 「でも、お前と付き合うのも悪くない、って思える。今ならな」
 「……で、答えは、どうなんだ?」
 一番重要なこと。世界が航輔をどう思ってるかということ。一番知りたい。もうここまでくれば、航輔を嫌いになった、なんてことはないだろうから。
 「お前のことをどれだけ好きかってことは、多分わからない」
 そこで一旦、世界は言葉を切った。
 「程度の差はどうあっても、お前が好きだってことには変わりない。だから、俺はお前と付き合うよ」
 「ほ、本当なのか?」
 「ただ、ちょっと怖い部分もあるけど……その辺は友達的な感じから始めたい……かな」
 世界が、自分で言った。航輔と付き合いたいと。あんな勢いで言った、情緒もロマンも何もない告白に、最高の形で世界は返してくれたのだ。嬉しくないわけがない。今の航輔は、有頂天になっていた。
 「それくらいは、俺もちゃんとわかってるから、大丈夫。……世界」
 今度はきちんと伝えよう。勢いじゃなくて、ちゃんと、世界に対する想いを。
 「なに?」
 「気づいたのは遅かったけど、俺……昔から、お前のことが好きだった。いや、大好きだった」
 少なくとも、あんな勢いで気持ちをぶつけてしまうくらいには。
 「なんとなく、分かるよ。俺もはっきり気づいたのは、昨日だけど」
 「だから、これから……よろしく」
 二人で、月明かりの下、握手を交わした。形而的な意味合いでしかないけれど、この先二人で歩んでいきたいという意味が込められている握手だった。
 「よろしくな、航輔」

 昨日の夜のことは、夢でもなんでもない。航輔と付き合うことに決めたのは、世界自身だ。考えてみたら昔から世界と一緒に遊んでいて。ちょっと引くくらいに一緒にいた時間が長かったのが、航輔だった。何がどう転んで少し疎遠になったのかはわからない。けれど、世界の変化が二人の関係性を変化させたのは間違いない。
 それが悪いこととは言わない。それが今この結果につながっていることは少なくとも事実ではあるからだ。世界が航輔を好きで、航輔が世界を好きで。そんな事実を確認し合ったおとで、明確に恋人として成立した。まだらしいことは何一つしていないけれど、これから時間はたくさんある。ゆっくり関係を深めていく、時間はあるということだ。
 あの後、二人でしばらく雑談を交わして、二人はそれぞれ家に帰った。雑談というより、恋人になったことを意識するのに気恥ずかしさを感じるのか、明確にその話題には触れないようにしていた、というほうが正しいのだが。家に帰り、嬉しさとも幸せともつかない気分に浸りながら、その日はおとなしく寝た。
 明日も会う約束をしていたが、二人の間にもはや約束なんて意味がない。会いたいと思えば会えるような関係になったのだ。だから、朝に世界が起きた時にはもう、
 『今から行く』
 なんてメールが来ていた。世界はそのメールを嬉しそうに笑って、しかし返信はせずに携帯電話をそっと閉じた。もうすぐ来るだろうって、そんな予感がしていたから。
 春の日差しが差し込んでくる室内。世界は布団をたたんで、着替えていた。いくらなんでも、寝たままで航輔を迎える真似をするのはさすがになんだか、嫌だった。
 何か自転車が近づいてくる音がする。自転車が駆け上がってくるのだろう。それを縁側に座って待つ。昼に近い朝。だんだん陽気が増してくる。
 そして家の敷地に入ってきたのは、やっぱり航輔の自転車だった。トレードマークとも呼ぶべき、赤い髪の毛が揺れている。そして自転車は、世界の前に止まり、航輔はにやりと笑った。
 「おはよう、早いな今日は」
 当然そんな皮肉を、世界も笑って受け流す。
 「おはよう、航輔」
 そして、二人で過ごす一日が、幕を開ける。
 

- the end of this story -

2012-04-01

祝・完結!
こうして二人のお付き合いは始まります。
この話は終わりだけど、物語はまだまだこれからです。