僕らが居るのは紛れもなく現実

 とある月夜の晩のことだった。その日俺は、家の明かりを全部消して縁側から月を見ていた。海城村から見える夜空は綺麗だから、こうしてたまにぼーっと空を眺めてたりする。いつもだったら航輔もいたりするんだけど、今日は何故か来なかった。いつもは誘わなくても来るくせに、とは思ったけれど。来ないならまぁ無理に誘うこともないだろう。
 航輔。俺の恋人。とはいえあんまり恋人らしいことはしたことない。したくないと思ってるわけじゃ全然ないんだけど、機会に恵まれてないような状況。それでも俺がしたい、って言ったら航輔はしてくれるんだろうけど。
 けど、このままじゃ友達の延長線上みたいな感じで終わってしまうだろうということも、心のどこかでは理解していた。もちろんそれはそれで悪くはないのだろう。一緒に遊んだり、電話とかしたりするだけなら友達でも十分だ。
 それだけじゃ満足できないと思ったから、俺は航輔に自分の気持ちをぶちまけたり航輔の気持ちを受け入れたりでこんな状態なんだけど。正直焦りがないと言われれば嘘になる。けど、航輔の方も手探りの状態なんだろうとは薄々感じているから仕方ないかなあ、って。
 そして突然。少し遠くから光と音が俺に届いた。ぼうっと光り、そしてストラップでも挟まっているのか、けたたましい振動音があたりに響いている。携帯電話だ。よく見ると着信らしい。ここまで来ると誰からかかってきたかは見なくてもわかる。俺に、こんな時間に電話をかけてくるような特殊な奴なんて一人くらいしか心当たりがない。
 「どーかしたのか、航輔」
 一応誰からかかってきたのかは確認してから電話に出た。はっきり言ってしまうなら特にすることがないから月を見ていたわけで。
 『まぁ、どーかしたから電話かけたんだけどな』
 この田舎にして案外クリアな音声が届いてきた。航輔がどうかしたらしい。4月ごろは航輔も大人びた性格をしている奴だと思っていたけど、最近はそうでもない。むしろそれが心を許された証みたいな気がして、俺はちょっとだけ嬉しかったのだった。
 「最近なんか元気ねーもんなぁ、お前」
 それを差し引いたとしても元気がないことには変わりない。原因は俺にあるんじゃないかって思っているけれど、まだ面と向かって聞いたことはないから分からない。俺の扱いに困っている、というのがここ最近の航輔の印象だ。
 『そうか?概ね合っているが』
 「まあ、あれだ」
 電話するぐらいなら直接話に来い、と。そう思ったわけで。まぁ友達からやり直そうくらいだったら許す。嫌いになった、とか言われたら泣くかもしれないけど、とにかく。
 『?』
 「おいで、航輔」
 直接会って話すのが、一番いい。俺に会いたくないなら話は別だけど、そうでなさそうなことは雰囲気からわかる。ただまあ言いにくい話がある、ってだけだろう。
 『……』
 「なんだ、俺に会いたくねーのか?」
 そんなことはない、とはわかっているんだけど。実際にそうなのかは聞いてみないとわからないわけで。
 『んなわけないだろ』
 でも結局、航輔からは否定の返事が返ってきた。
 「じゃあ来いよ」
 航輔が何を思っているのか、完全に理解できるわけじゃない。ただ、俺とどう接したらいいのかわからなくなっているんだと思う。俺が出した結論はそれだ。だったらそれは俺がなんとかしてやろうと、そう考えた。だって、それは―――
 『……わかった』
 航輔が電話を切ってからはなんだか早かった。どれくらい早かったかと言えば、航輔が来るからちょっと片づけようかなーと思っていたらすでに着いたらしい。つまるところ5分も経たないうちに来たということになる。一体どれだけ早く来たんだ。
 「……よう」
 とりあえず家に上げて、リビングまで案内する。
 「元気ねーなあ、今日のお前」
 とりあえず俺は真っ先にソファに座った。一応航輔は客ではあるけれど、もうそろそろ気遣うのが面倒になってきて勝手にやれよというこの頃になっている。もてなすほど心の余裕がないのも事実だけど。
 ただ、今日はなぜか俺を見下ろしながら微動だにしない。やっぱり何かあったのだろうか。
 「げんき、くれよ」
 その言葉を最後に、なんだか急に息が苦しくなった。理由は簡単、俺が座ったまま、航輔に抱きしめられた。それだけ。赤い髪の毛が、水色と白の肌が、俺のすぐ隣にある。
 「ちょ……っと無理があるんじゃ、ないかぁ?」
 身長差に体格差、その他諸々でひどいことになっている。航輔に押し付けられていて俺の尻尾も半分潰れかけていたけどどうにか横に押し出すことができた。だけど、航輔の表情がまったくわからない。
 「……」
 言葉足らず、を通り越してもはや何も語らない。俺としても別に悪い気はしないけど、俺なら言わなくてもわかると、そう思っているのだろうか。
 「最近な、俺……辛いんだ」
 しばらく、というのには時間の経過がわからなかっただけのことなのだが、ずっと押し黙ってた航輔が口を開いた。
 「何かあったのか?」
 辛い、と航輔がのたまうからには相当なのだろう。普段からそんなことを言ってばっかりな俺とは違ってそんな弱音はあまり聞かないから。
 「笑わないか?」
 正直に言う。驚いた。航輔がそんなことを気にする奴だとは思わなかった。笑われようとなんだろうと平然と言ってのける、それができる性格をしている。
 「そりゃあお前がそういうなら」
 そもそも航輔にのしかかられてるような体勢になっている以上結構苦しい。我慢できる程度だし、相手である航輔に今は文句は言えまい。そもそもそんな嫌じゃあないし。
 「……最近な、お前が好きすぎるんだ」
 「は?」
 あまりによくわからない理由についつい声が出てしまった。むしろ普段からそんな感じだった気がする。ある意味で病的なまでに好きだと当人の俺ですら思ったりするときもあるから。だからこそこの言葉の意味が理解しきれなかった。
 「ずっとお前と、一緒に居たいんだ」
 いつでも、どこでも。そんな意味合いが、確かに籠っている。そんなことが無理だってことは、誰でもわかることなのに、航輔はそれを願っている。願っているというより、そうしたいのだ。
 「……そんなに好きか、俺が」
 「だから逆に、辛い」
 そこまで人を好きになると、もう我武者羅に突っ走るだけじゃあ足りなくなる。そういうことなのだろうか。自分だけじゃない、相手がいてこそ、恋だの愛だのを語れるようになる、そんな感じに。
 「……俺がどうにかできることじゃないけど」
 俺が傍にいてやれる時間なんてものはものすごく限られている。だから今一緒に居るってことも、ただの応急処置にしかならないんだ。すごく矛盾しているみたいだけど、航輔にとってはそうするしかないのだ。
 「わかってる、俺が悪いって」
 「……」
 ここで航輔にどう言葉をかければいいのか、俺は迷う。お前は悪くない、というのは簡単だ。けどそれに対して責任が持てるかと言われればわからない。無責任な発言は、だから逆にかけれない。
 「だけど、俺……」
 でも、もしかすると。そこまで深く考えなくていいことなのかもしれない。責任を持てないなら人を慰めることもできないのか、という話になる。何をすればいいかわからないから、という理由で見過ごさなきゃいけないのか、という話になる。それは、違う。
 「なあ、航輔」
 これまでのどれくらい航輔が悩んでいたのかはわからない。俺にすら言わないくらいだったし、それが妙な方向に露呈した結果が今日の出来事なのだろう。
 「俺は、そういうお前も……好きだぞ」
 嫌いになる理由は特にない。なら好きなんだろう。そんな消去法みたいな断定の仕方、決して答えとしては100点満点なんかじゃない。でも100点じゃなくたって、俺の精一杯の言葉で、航輔に伝えてやれればそれでもいい。
 「ほんとか?」
 ようやく航輔は、俺を離し、目の前の床にへたり込むように座った。なんだろう、何かが途切れたのだろうか。今まではいろんな要因こみで息苦しい上に暑いという状態だったけど、これで何とか解放された。なのでようやくまともに今の状況を呑み込める。
 まあ、とはいえ途中から若干落ち着いていた部分もあったけれど、最終的にまとめれば『俺が好きすぎて』航輔がいろいろ考えさせられたと、つまりはそういうことになる。好きという感情が度を越した場合にどうなるのか、俺は知らないけれど。
 それでも、俺が航輔を嫌いになることは多分にないだろう。俺の人生において俺のことを、一番好きになってくれた奴だから。そりゃあそうだ、好きになってくれた奴がいたってだけでもすげーことだと思うのに、そいつを好きになったわけだから。
 恋愛は基本的に難しいものだと思うけど、こうなってしまうともう行き着くところまで行くだけだ。たとえこの先どうなったとしても、今が幸せならそれでいい。
 だから、俺は航輔の肩を抱いて、そして。
 「本当、だ」
 俺のことを好きと言ってくれた。それだけでも十分なのに、一緒に居てくれる。だから嫌いになるなんてことはない。むしろそんなことくらいでなんで嫌いになるんだ、っていうだけのこと。
 「……ありがとう、世界」
 そこでようやく、航輔は今日初めて。俺に笑顔を見せたのだった。
 

- the end -

2012-09-02

好きも積もれば辛くなるんだろうなあとか思ったり。
まだ僕は愛だのなんだのを語るには早い気もしますが。