繰り返す彼らの日常

 俺は基本的に世界に対して以外はあまり感情を露出しないように生きている。相手に合わせる努力くらいはするものの、本心は別だ、ということが多い。その方が無用な衝突は避けやすい、と俺は思っているが、実際のところがどうなのかはわからない。
 意外とつまらない奴だ、と思われている可能性もある。ただ、まあある程度差はあれど世界に嫌われなかったらそれで構わない。それが俺の考え方。嫌われると困る人物は多少いるけれど、それは最終的に仕方がないと割り切るしかない。
 なんでそこまで世界のことが好きかと言われたら明確に答えを出すのは難しい。もうすでにその感情は俺の一部になってしまったから、当たり前のことだと認識してしまっている。
 ただ、不器用なりにやさしい奴であることは知ってるし、それに俺が救われたこともある。だから、と安易に決めたくはないが、ある程度の要因ではあるのだろう。
 それで、俺は世界と付き合いだしてまだ日が浅いわけだが、つい最近まで知らなかったことがいくつかある。一応それまで曲がりなりにも幼馴染だっただけに大なり小なり衝撃を受けたわけだが、仕方のないことではある。
 自分語りなんてあまりしない奴ではあるし、俺の知らないことの一つや二つあったっていいとは思う。けどそれが許せない俺もまたいるわけで。
 そんなわけで、今日は。
 「……なにがと言いわけで、だ? 殴られたいならそう言え」
 目の前で悪態をつく犬獣人こと松木島世界はとにかく不機嫌そうだった。背後の大きな尻尾もゆらゆらしているし、あながち冗談というわけでもなさそうである。おかしい、俺の聞いた話が間違っていたのだろうか。
 「殴られたくはないな。痛いし」
 「俺にエプロン渡して何がしたいんだ?」
 そう、これだ。料理が趣味だというのでせっかくなら作ってもらおう!と思い立ったわけだが、見事に世界はご機嫌斜めである。何がいけなかったというのか。
 「お前に飯作ってもらおうと思って」
 「……そーいうのは事前に俺に言っておくべきなんじゃないのか?」
 確かに、確かにだ。世界の言うことも一理ある。ただまあ趣味に料理が挙げられるというなら冷蔵庫の残り物でもなんとかカタチ程度は作れるんじゃないだろうかという俺の希望的観測は違うのか?そうなのか?
 「ちなみに今日は何も食べてきてないから好きなだけ作るといい」
 「俺の意向は無視してかかるの?どういうこと?」
 時刻は夕方を控えた午後三時。そろそろ俺も限界なのである。ただ、まあ俺の親が飯の作り置きを忘れていったせいでこうなったとは死んでもいいたくない訳だが、そんなことは心の奥底にしまっておく。今は世界にいかに作らせるかを考える時間なのだ。
 「いいから作れと言ってるんだ俺は!」
 「ストレートすぎていっそ清々しいな」
 ストレートも何も俺はそのまま言っただけである。あまり声を荒げると世界も驚くかもしれないと思ったが、あまりそんなことはないらしい。
 「腹が減ると野性的になるんだ」
 「お前が野性に戻ったらひでーことになるんじゃ……いやなんでもない」
 一応俺も竜の家系に生まれた訳だが、そこまで凶暴な生き物だとは俺は思わない。それはそれは悪者として語られたりもするが守り神として語られることもまた、あるのである。ただ今、そんな話は全くと言っていいほどどうでもいいことではある。
 「とりあえずエプロンつけろ、そして台所行け」
 「……」
 決めた、というよりは諦めたという方が正しいのだろうが。しぶしぶ、といった様子で台所に向かった。……まあ、俺の腕引っ張ってったことについては無理を言った負い目もあるから目をつぶろう。
 「とりあえず何かしら作ってやるけど、文句は言うなよ」
 作ってやるという割になぜ俺が連れてこられたんだろうか、とも感じたが、特に意味はなさそうだ。
 「で、何か希望はあるのか?」
 エプロンを着けながら世界は言った。やはり似合う。というか普通に可愛い。と、そんな世界の質問とは全く関係ない方向に思考が進んでいく。
 「何もねーのか、あんだけ強引にやらせようとしといて」
 「……あ、悪い。考え事してた」
 世界の訝しげな視線が明らかに俺に向いている。あれ、俺何かしたのか。
 「……ったく、馬鹿か?」
 考えを読んだかのような反応。エプロンを渡した時点でこうなることまで見通していたのかもしれない。ある意味嬉しいことだが、あんまり冷めた反応をされると少し辛い。
 「がっつり食べたい」
 「また漠然としたことを……もういい、待ってろ」
 結局台所から追い出された。俺はそもそも何か食べたい、というよりは世界に何か作ってもらいたかっただけだから、特に何かを考えていたわけじゃない。強いて言うなら腹は減ってるからたくさん食べれるならそれでいい。
 「ただな……真面目な話、腹減って死にそうなんだ」
 「真顔で言われても実感わかねえけど……なるべく頑張るから、待ってろ」

 あれからどれくらいの時間が経っただろう。時刻はすでに午後7時。なんだろう、俺は断食でも始めてしまったのだろうか。4時間くらいたったけど、いい匂いがするばっかりで一向に何か出てくる気配がない。いい加減俺も限界だ。
 ゆらり、と世界のいる台所に向かう。世界は何かを洗っているようだ。ということは、大方完成したということだろうか。とにもかくにも、まずすることがある。
 「おー、もうできたからあとちょっとだけ待って……おいっ!?」
 後ろからぎゅーっと抱きつく。身長差のためか俺の胸くらいに頭が来るんだけど、俺としてはこれでも満足だ。こんなにも長い時間同じ場所にいるのにこういうことをしないとなんか物足りなくなってくるものだ。いや、それとは別にちゃんと腹は減っているんだけども。
 「俺、割と、限界」
 「まさか俺を食う気じゃねえだろうな」
 さすがにそんなことはしないし、できない。世界もわかっているからこそちょっとドスの利いた声で言っても何とかなる。
 「ほら、さっさと座ってろ」
 洗い物が終わったのか、世界は手を拭きつつ俺の腕をどけた。普段なら無視してくっついてたりもするが、今日は生憎優先事項がまだあるのだった。

 アメリカンクラブハウスサンドとコーンスープが並んだ。なんというか、空腹感を抜きにしても普通においしそうなのである。こないだなんかをはさみで切ろうとして手を切ってたのに。器用なのかそうじゃないのかまるでわからない奴だ。
 基本的に両方作ったらしいが、よくそんなに材料があったもんだ。サンドイッチの方は見るからにいろんな野菜とか照り焼きチキンとかはさんであるし、コーンスープの方もクルトンじゃなくてとうもろこしだ。案外趣味が料理という話も本当なのかもしれない。俺は見るのがこれが初めてだったけれど。そして別に疑っていたわけでもないけれど。
 「……随分凝ってるな」
 「そーか?」
 と言いつつ俺より先に食べ始める世界。何というか、別に俺の反応を見ようとは思わないらしい。まあ作れと言っといて出てきたものを微妙な反応をしながら食べるというのもおかしな話ではあるといえばある。というわけで、俺も、食べることにする。
 「いただきます」
 「さっさと食えー」
 そして、ひとくち、かじる。
 「……うまいな」
 なんというか、普通においしくて驚いた。鶏肉もうまい具合に焼けてるし、野菜もきちんと下ごしらえがしてあった。……これといって疑っていたわけじゃなかったけど、これはうまい。
 「もうちょい気の利いたこと言えないのか?」
 「……言ってやろうか?」
 後から思うと世界の残念そうな口ぶりに、俺は少し意地を張ってしまったのかもしれない。
 「言いたいなら言えば?」
 ついでにその気にさせたくせに気にも留めてないようなその口ぶりが軽い挑発みたいになってしまったのだろうか。まあいい、どうせもう言ったことを取り消すことはできないんだ。
 「こーいうの作るときは、俺のためだけにしろよ」
 「……」
 ぴた、と世界の手が止まる。ついでに表情も硬直する。一体何を言っているんだこいつ、と素で思っていることが手に取るようにわかる。でもまあ問題はない。元から俺はそういうことを言う性格をしてる。
 「というわけで言ってみた訳だが」
 「あー……その、なんだ。そう堂々と言われると俺が恥ずかしくなるからやめろ」
 おかしなことを言うもんだ、とまず思った。言われた側の世界が恥ずかしくなるとはどういうことか、俺には理解できなかったからだ。
 「まぁ、お前がそういうなら」
 「恥ずかしいという概念はないのか、お前……」
 そんなことはない。俺だって恥だと感じることの一つや二つはある。ただ、滅多に起こらないだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 「そんなことより」
 「?」
 「また、作ってくれよな」
 下手に食べに行くよりよっぽど幸せな気分に浸れる。それを今日、知ることができた。だからまた、作ってくれたら俺も嬉しい。
 「……ああ、また、今度な」
 なんだか少しはにかんでいたような気がするけど、おおむね悪い反応じゃない。次は一体いつになるのかはわからないけど、今度思い出したらまた、頼んでみようと思う。ただの思い付きで始まった一日にしては、とてもいい日だった。
 

- the end -

2012-09-16

なんというか、書き始めた時はこんな話になるとは思ってもみませんでした。
ただまあ晩飯というよりは昼飯のようなメニュー展開ですが、要はサンドイッチが食べたかっただけです。
主に書いてる時の僕が。