夜の散歩

 真夜中だった。普段だったらいまだ夢の中にいるような、そんな時間帯。ふと俺は目が覚めたのだった。納戸が閉まっていないせいで、縁側を通じて月明かりが仄かに舞い込んでくる。今日はとてもいい天気らしい。夜であることが惜しい。
 そのまままた眠りにつこうと、一回寝返りを打って体勢を変化させてからそう考えた。けれどそれも途中で止まる。なぜか世界が体を上半身起こして、起きていたのだった。驚いたものの、夜更かし等に慣れている世界であるならこの時間まで起きていて、そして今寝ようとしているのだとしても、なんら不思議はないのだった。
 でも。なんだか普段と様子が違うような。そんな気がする。ぼんやりと明るい障子を見つめているように俺には見えた。一体何か、あったのだろうか。
 最近はそんな様子を見せることは目立って少なくなったけど、俺に言わせるなら世界は未だ危なっかしい。自分はなにもできない、と頑なに信じているところが、特に。さらに厄介なのが、俺と自分を比較して余計それに拍車がかかることだ。
 確かに俺は、世界より成績がいい。だからって、俺は世界を見下したことなんてない。成績なんてひとを測る一つの物差しでしかない。世の中にはいろんな測り方だってある。テストなんてもので決まる成績なんて、どうでもいい話だ。
 もちろん、話は成績だけじゃないのかもしれない。けど、俺より世界の方が勝ってる部分なんてものも、確かに存在してるわけで。俺だってもう何か月と恋人やってる。そんな俺でさえわかることも、今の世界にはわからないらしい。
 とはいえ何度かそれが原因で落ち込んだ世界を励ましたことはあるけれど、思ったほどに効果は上がらない。世界のいいところは俺と違って基本的に目に見えないものばっかりだからかもしれない。
 たとえば、交友関係が狭く深くであること。人と深く付き合えることや、人を見る目だけは確かにある。その点俺は広く浅くだから、そういう意味でいうと俺には人を見る目はないのだろう。そんな俺を羨んだりすることもあったみたいだが、俺から言わせれば重要なのは知り合うことじゃなくて仲良くなることだと思う。世界はその点に長けていると俺は評価している。
 他にもあげたら枚挙にいとまがない。とはいえ、俺が世界を過大評価しているところだってある。その逆もまた然りで、俺のことを単にすごい奴、程度にしか見てないともとれる。
 そんなわけで、時々俺についてとか、自分についてとかで悩むことがあるらしい世界は、そういう意味で結構危険なのだ。いまのところ突飛な行動に出るなんてことはない、けど。
 一方で、俺が寝返りを打ったことにすら気が付いていない様子の世界は、どうやら布団から抜け出したようだ。そしてそのまま、障子を開けて部屋から出て行った。……どうする、俺。

 満月というにはいささか丸みが足りないような気がしたけれど、光源のない俺の家付近だと雲がないだけで相当明るくなる。特に今の時期は縁側も開けっ放しだから余計に。そんな夜に、ふと散歩に出かけたくなったのだった。
 夜も更け始め、まさに誰もいない。虫の泣く音があたりに静かに響いているくらいなものだ。そんな中を歩くというのも風情がある。とはいえ、ずっとこんな場所にすんでいて今更そんなものを楽しみながら歩くほど心に余裕はなかった。
 考えることがあるとするなら、一つだった。航輔とのこと。ちゃんと俺自身で考えて、俺自身が答えを出した。付き合う、って。なのに、っていうのかだから、っていうのか。航輔は想像以上にいい奴で。そんなことは知っていたつもりだったけど。
 俺のこともよく見てて、落ち込んでるとちゃんと励ましてくれたりして。一方の俺は、っていうと何も言えなくなる。だってあいつが落ち込んでるとこあんまり見ないから。そういう強い奴だって知ってるし。だからって俺が弱い奴だと言いたくはないけど、ことあるごとに落ち込む俺なんて、と言いたくなる。
 前々から思ってたことだけど、やっぱり俺に航輔はもったいない気がする。なんて、本人の前で言って散々怒られた覚えがあるんだけどさ。正座で説教みたいなことしたことがなかったから、親みたいに怒ってくれる航輔の存在はありがたい。
 そんなだから、俺には航輔が必要なんだって気持ちは痛いくらいに自覚してる。一方で、俺に気を遣い過ぎてるんじゃないかとも思う。俺がこんな性格だから、思い悩むことも多い。だから俺に対して航輔は過敏なくらい反応が素早い。
 それ自体は嬉しいことだけど、やっぱり恋人としての立場である以上、お互い支え合いたいものだろ?なんて、そんな関係を望むにはまだ早いのかもしれないけど。俺はあまりに未熟だと思う。航輔に頼りっぱなしなんだ、俺。
 今はそれでもいいかもしれないけど、そのうち破綻するんじゃないかって、俺は怖かったりする。そんなことでどうにかなってしまうのかと思うけれど、俺はいつこの関係が終わってしまうのかということも、若干不安だったりして。またこんなこと言えば怒られるんだろうけど。

 こんな夜中に外を出歩くなんて、都会だったら間違いなく補導されるんじゃないか?と俺は心の中でそうつぶやいた。ましてや世界は高校生には見えないからなおさらだ。
 俺は世界が何しているのかよくわからずに後をつけていた。なんていうか、なんで俺はこんなことをしてるんだろう。とっとと追いつけばいいものを。別段バレたってあいつはなんとも思わないだろうし。妙に気おくれしてるような気がする。
 まあけれど、最終的にあいつもただ散歩してるだけだろう。こんな夜中に森に用があるとも思えないし、コンビニなんてこの村にないから。
 そうこうしてるうちに、村の出口付近まで歩いてきていた。散歩にしてはずいぶん遠くまできたもんだな、と思ってると、世界はバスの停留所にすっと入っていった。何かの小屋を改造したのか、一度中に入ると三方を壁が覆っているような構造になっている。
 「いよう、こんなところで月見か?」
 俺はこれ以上続ける意味はないと思い、バス停の前にひょい、と出てみた。案の定、というか、結構バレバレな尾行をしてたにも関わらず気づいていなかったらしい。
 「そんなわけねーだろ、馬鹿」
 驚いたのもつかの間、いつも通りの言葉が返ってきた。俺もいろんなことをしてきたから、耐性ができてるのだろう。驚きはするけど、すぐいつも通りに戻るようになってしまった。
 「まぁでも、いきなりふらふらと出歩かれたら俺だって心配するぞ」
 「悪かったな。実際、特に意味もないんだけど」
 そう言って、俺は世界の隣に腰を下ろす。どうせこんな時間、危険なこともあるまい。俺がこの田舎が気に入っている理由の一つは事件らしい事件がない平穏さにある。
 「散歩、か。いいんじゃないか、たまには」
 「なあ、航輔」
 俺のそんなセリフを遮るように、世界が言った。じっとその大きな瞳で俺の目を見ている。どうやらなにか、訴えかけているらしい。でも、うまく言葉に出来ないようで。
 間に降りる沈黙。そんな世界を俺は安心させようと、肩を抱く。言葉にできないなら、それでも俺は大丈夫だから。
 「……」
 なかなか言葉に出来ないようで、だんだん焦りの表情が見え隠れし始める。それならもういっそ、言葉にしなくたっていいんじゃないだろうか。俺は、世界の口をふさぐ。
 なにもこんな場所で、と世界は思うかもしれない。けど、やっぱりこういうことはしたいと思ったらすべきだと思う。情愛の意味でキスすることなんて、よくあることだから。
 そして今度は、俺から告げる。
 「言葉に出来ないなら、しなくていい」
 どんなことを言おうとしていたのか、具体的にはわからない。超能力者じゃないんだ、心の中まで完璧に読み取ることなんてできないしそもそもしたくない。けど、それがどんな言葉なのか、世界の顔を見てればある程度くらいは分かる。それで十分だ。
 「……お前は、それでいいのか?」
 「いいさ、大体わかるしな」
 「え?」
 疑問符を浮かべているらしい世界を見る。こちとらずっとお前のことを見てたんだ、それくらいわかるのは俺の特権、ってヤツ。言葉を続けようとした世界を遮るように、すっと手を伸ばす。
 「さて、帰るぞ」
 いつまでもこんなところに居たって仕方がない。時間が時間だからそろそろ眠いのだ。俺は世界の手を引きながら、歩き出す。
 「ちょっと待てよ、大体わかるってなんだよ!」
 すぐ後ろで世界が何やら言っていたが、気にしない。俺に見透かされたのが悔しかったのか嬉しかったのか。たぶん、どっちも。
 「俺は眠いんだ、早く帰るぞー」
 「いやだから……ま、いいか」
 世界はどうやら諦めたらしい。それが正しい選択だと俺は思う。俺だって言うつもりはない。だってそれは俺の言葉じゃないから。
 夜道はなんだか普段より、明るさを増しているような気がする。そんな中、俺と世界は二人きりで歩いて行く。たまにはこんな夜があったっていいかもしれない。隣を歩く世界を見ながら、俺はそんなことを考えていた。今の俺はとても機嫌がいい。
 それに。俺の予想が正しいのなら、世界が言おうとしたことは。
 ずっと一緒に居たい、っていうとても優しい言葉だっただろうから、尚更。
 

- the end -

2013-01-10

なんか前にも似た話を書いたような気がします。
多分多少気分が落ちてた方がそこそこいい文章が書ける気がします。
あくまで気がするだけです。