2月14日。その日にある行事の由来なんて俺としてはかなりどうでもよかった。だけど重要な日。そんな位置づけだ。どういう意味なのかは察してほしい。恋人たちの日だとかそんな話もどうだでもいいが、とにかく世界からチョコをもらいたいとそれだけの話。 それだけの話なのだが、実現可能かと言えばどうなんだろう。あいつがバレンタインを知らないということはないだろうが、積極的かと言われれば違うだろう。どちらかと言えばこういった行事には俺が積極的に世界を引っ張るというのが典型的なパターンなのだ。 けれどもそれでつり合いがとれているからまだいいのかもしれないが、たまには世界からの行動も欲しいと思ったりする。ただ、そうするように仕向けることはなかなか難しい。くれと言うのは簡単だけど、それで動いてくれるかどうかは世界次第だからだ。 「お前って甘いものは好きなのか?」 バレンタインがどうのという話をする前に、そもそも世界は甘いものが好きなのかということについて俺が知らないことに気が付いた。そもそもここで嫌いだと言われたらどうしようもなくなってしまうのではないだろうか。確かにそんなに甘いものを食べてるシーンを見たことがないと言えば、ない。 「甘いものかー……どっちかって言われれば好きだな。航輔こそどうなんだよ」 いつもの通りソファに座って、というよりかは寝転がりながらゲームをしてる世界は俺にそう、答えた。今日は携帯機ではなく据え置き機で、何かはよくわからないがノベルゲームをしているようだ。 そして俺は、その答えを聞けて少し安心した。チョコにしろそれ以外のものにしろ、世界が甘いものを食べているところはそうそう見てなかったから。もしかしたら、苦手なのかもしれないとそう思っていたから。 「俺か?俺は普通に好きだぞ」 「へー、普通に好きなのか。意外だなー」 どうやら俺は甘いものが好きだと思われていないようだ。世界よりかは食べる機会が多いと自分では記憶しているがそういう問題でもないのだろうか。 「そーか?」 「お前むしろ苦手って言いそうだと思ったし」 俺を見上げながら、世界はそう言った。苦手、というより嫌いならそもそも食べないと思うのだが。 「失敬な、これでも好き嫌いはしないんだぞ」 「気取ってそうっていうイメージはいまだに俺の中にあってだなー」 要は俺に対してそんな印象が強い、という話なのだろうか。甘いものは苦手だ、といいそうな、そんな印象が。再び世界はゲーム画面に目を向けていたが、話はまだ続ける。 「どーいうことだ、それは」 「しゃべり方とか見た目とか。なんか気取ってそうじゃん」 そう断言した世界だったが、本気でそう思っているわけでもなさそうだ。ついでに喋り方については俺だけのせいではないのだが、きっと多分、世界には知る由もないことだ。 「……まぁ否定はしないが、今更しゃべり方も直せないしな」 「別に俺は直せって言ってねーけどな。今更変えられても違和感しかねーし」 仮に俺が今のしゃべり方を変えて優しげな口調に変わったとして。世界もそう言ったけど俺だってそんな自分には違和感しか感じない。 「確かにな」 それには同意したものの、結局この日、それ以上話が進むということは、なかったのである。あまりに遠回しすぎたのだろうか。いずれにしろ、あまり意味はなかったといえる。 「……」 「素直にくれって言やあいいだろ」 翌日。幼馴染の一人である狼獣人こと校條愁哉に話を聞いてくれと頼んだ俺を、誰が責められようか。学校近所のファミレスに来て相談に乗ってもらうことにした。ここまで来ると相談というより愚痴にも近いのだが。当の本人に言うよりかは随分と、楽なのだ。 昨日はまったく話を戻すことができないまま終わってしまったことについては言い訳できない。愁哉が言うようにもう素直にくれと言った方が明らかに話が早かったというのもわかる。 「なんか負けた気分にならないか、それ」 「勝ち負けもクソも、貰ったら勝ちだろーが。目的見失っててどーすんだ」 確かに目的は世界からもらうことだ。そのためにどうすればいいかという手段を俺は見失っている。そのことについて言い訳することも、今の俺にはできなかった。 「そりゃあそうなんだが……」 「なんか陰気そうな顔してやがるから何かと思えばくだらねーな、お前も」 言いたいことをはっきり言う。愁哉はそんな奴だけど、とにかく口が悪い。俺はそういうことは特に気にしないんだが、外見と相まって不良のように思われることも多いらしい。至って素行は悪くないんだが。 「一応真剣に悩んでるんだぞ」 「いやあのな、深刻そうな悩みなら俺だってもうちょっとぐらい真剣に聞くがな、大したことねーにもほどがあんだろそれは」 確かに傍から見たらすごく些細なことかもしれないし、誰かに相談するようなことでもないのだろう。好きな人からバレンタインにチョコをもらいたいから相談をするって、一体どこの奥手な恋愛なのだろうか。少し自分が馬鹿のように思えてきた。 「いや俺的にすごく重要」 「お前的に重大でも俺的にはすんげーどうでもいいっつってるわけ。大体悩んでるだけ無駄だろ」 愁哉は面倒くさそうに目の前のアイスティーを飲んだ。確かに悩めば悩むだけ無意味な話なのかもしれない。行動を起こすしかないという意味では。 「そういうもんか?」 「いやだってこないだ世界が鎌橋でなんか買い物してるとこで会ったし」 「え?」 いきなり知らない事実の登場に俺は驚いた。鎌橋で、買い物? 「何買ってたかは大体お察しってとこだな。全く、揃いも揃って馬鹿なんじゃねーの?」 お察し、と言うことは、そういうことなのだろうか。そういう認識で、いいということなのだろうか。となれば、俺が特に何も言わなくてもよかったことになる。そうなるのであれば確かに、俺は馬鹿なのだろう。 「そういう、ことか」 「ま、お幸せにってこった。じゃ、俺バイト行くから。またな」 伝票を持って行かれたことに気が付いたのは、少し経ってからだった。元はと言えば俺がおごってやると言って誘っただけに、なんだか申し訳ない気分になった。 この店に入って初めて、背もたれに体重を預けて外の景色を見る。俺は焦ってただけなのかもしれない。肝心な世界のことすら見てなかったということになるのだから。けれど、そんなことからも俺は世界が好きなんだと実感できるのだから、あまり問題はないのかもしれない。 「ほら、やるよ」 そして当日。どんな風に渡してくるのだろうといろいろ考えてみたが結局何も思いつかず、またそんなことを考えるだけ無駄だと気が付いてやめたのだが、すごくあっさりと渡されて、拍子抜けした。普通に俺の家にやってきて、借りてたゲームソフトを返すようなそんなノリで。 「……ありがとう」 若干肩透かしを食らったような気分になったけど、それも一瞬のことだった。既製品なんかではなくて手作りだとわかるくらいのちょっとした粗が見て取れる。むしろそういったことの方が俺にとっては重要で、なによりうれしいのだった。 「なんか反応薄いなー、嬉しくないのか?」 「普通にうれしい」 この小さな贈り物にかけてくれた時間は、決して少なくないと思う。かけた手間も、きっと。俺のためにそこまでしてくれたと思うだけでも胸が一杯になる。 「……!」 そんな気分を誤魔化すために、俺は世界を抱きしめた。俺の家の前だが、まぁ誰も見てないだろう。それだけ嬉しかったのは事実だし、どう表現したらいいかわからずに悩んだ結果そうなってしまっただけであって。 「ありがとう」 腕の中の存在に、もう一度だけ礼を言った。 「……良かった」 ひとしきり感情が落ち着いたのち、俺は世界を家に招き入れた。今日は俺以外いないはずだ。多分いても問題はないのだが、世界がきっと気にするだろうから。 「お前、いつから準備してたんだ?」 愁哉に聞いた話によれば、結構前から準備しているみたいだった。何か理由でもあったのだろうか、と思い、ついつい聞いてしまった。 「先週くらい、かな?手遅れになるくらいなら早めに準備しようと思って」 俺が世界にそんな話を振る前から、準備をしていたということになる。となると、あの会話にはまったく意味がなかったのだろうか。 「そういうこと、か」 「? どーいうことだ?」 テーブルの向かいに座っている世界は、少し怪訝な顔をした。まあ世界には多分わからない話ではあるから仕方ないのだが。 「いや、俺のした話にそんな意味はなかったんだなー……と」 「えーと……三日くらい前にした、甘いもの云々の話?」 やはり一応世界はそこに気が付いていたらしい。あざといとは思ったものの、結局わざとらしかったようだ。今更どうでもいい話ではあるけれど。 「まあ……そういうことだ」 「お前らしくないな、そーいう回りくどいのは」 「そうだな、普通にくれというくらいがちょうどよかったな」 「うん、そんくらい言ってくれた方が俺もわかりやすい」 今年の2月14日は、ちょっと嫌な思い出も残してしまったけれど。なんだかんだで結局平常運転なのだった。 |
- the end -
2013-02-14
なんだか書いててわかんなくなってきた話でもありますが。
僕は結局幸せそうな二人を書きたいだけなのでしょう。
あとよくわかんない人もいたりしますが。