誕生日プレゼント

 10月に入る。高校生活も悪くはないが、この時期は過剰に忙しい。体育祭や文化祭、見学旅行などと言った行事が目白押しだ。そんな行事の一つに、テストがある。鎌橋南高等学校では3学期制で、うち1学期と2学期にそれぞれ中間テストと期末テスト。3学期には学年末テスト、と言った具合に年5回テストがある。ただ問題なのは、イベントだらけなこの2学期にもテストが2回存在する、という話である。
 10月末に中間テストがあるので、本来ならそれのみに集中するのがふつうであるが、その一週間程度手前に体育祭がある。無意味にド派手なイベントで、校内のいろんな箇所で競技を行ったり優勝した組には賞品が出たりとなかなか異彩を放っている。組み分けは組の数字が同じなら同じ組になるという縦割りのスタイルで、競技で得た得点を競う。
 何が問題かと言えば一日ではなく土日二日間を使って開催するというのだから無駄に張り切りすぎているというかなんというのか。2学期に入ってから放課後の時間は作戦会議や練習など自由に使っていいと決められていた。何が問題かって、その間部活はほとんど活動しないことだ。部活にはそこまで力を入れてないのか、むしろ趣味のお遊びのような感じになってしまっている。大学で言うサークル活動に近いものがある。
 そんなだから、詳細は割愛するがとにかく大変なイベントだったのだ、体育祭は。そして終わってから一週間後に、中間試験があることが一番の問題だった。
 「……もう無理」
 持っていたシャーペンを投げ出したのは世界だった。まだまだ勉強を始めて30分と経っていないがもう飽きたらしい。
 「せめて飽きても頑張るって言う度量は見せろよ」
 勉強をする、ということも才能の一つだとは思うけれど、世界にとっては恐ろしくつまらないものなのだろう。幸い航輔にとっては違うので、そこだけは感謝すべきかもしれない。
 「へ?」
 CDプレーヤーで音楽を聴きながら勉強してたらしい世界がイヤホンを外しながら聞き返してきた。昔は聴きたいCDすら持っていなかったはずだが、最近はよく何らかのCDを聴いている姿を目にする。
 「もっと頑張れって言ったんだよ」
 対面でほとんど字の書かれてないノートを広げていた世界はもっと頑張ってもいいと思う。さすがにこれだけの勉強でテストが乗り切れると思うほど甘くはないだろうけれど。
 「俺勉強向いてねーからさ」
 とはいえ形だけでも勉強をしようと思ったのか、単語を覚えるために再び手を動かし始めた。そういう作業に関しては単語帳を使ったほうが効率と言う意味ではいいんじゃないかと口から出そうになったがやめておく。せっかく生まれたであろうわずかなやる気を奪ってしまっては元も子もない。
 「そこまで勉強好きじゃないのによく鎌橋南に入れたよな」
 航輔ですらそれなりの体制を敷いて勉強に励んだ覚えがある。その時期の世界がどう過ごしていたかはよく知らないものの、今の状態から察するにそこまで勉強していなかったのではないかと思う。けれど最終的に入ったのだからやはり勉強したのだろうか。
 「あん時が俺の人生のピークだったよなー……死ぬかと思った」
 どうやら死ぬ気で頑張ったらしい。そこまで頑張れるならここでもがんばれと言いたかったが、それなりにやり始めてるので特に何も言うことはなかった。
 「じゃあもしかしてCD聴いてるのが原因なんじゃないのか?」
 ふとそう思った。昔はそういうのを聴いたことがほとんどなかったらしいし、それならBGMを流してるせいで逆に集中できなくなっていてもおかしくはない。
 「そんなことはねーよ、こーいうのが苦手ってだけで」
 「そうか。……そういえば何聴いてるんだ?」
 あまり深く追求するような事柄ではないので、その話題は打ち切りにした。最悪でも追試にならないような点さえ取ってくれれば今はいい。……今は。けれど、今までの成績から察するに平均点程度は取れているのであまり気に掛けていても仕方ないのかもしれない。
 世界はCDプレイヤーを止めて、中に入ってたCDを取り出す。そこに入っていたCDは―――

 「ほら、これやるよ」
 4月。巷ではエイプリルフールと呼ばれる日。それが何の日か、航輔はしっかりと記憶に刻みつけていた。なぜならその日は松木島世界の誕生日だからだ。
 「ようやく15かよ……ったく」
 遅生まれ、と称されるのは基本的に年が変わってからだ。とりわけ世界の場合、一日遅れれば学年が下がるところまでギリギリだった。とはいえ、この近辺の日付で生まれるとどちらの学年に属するか選択できるようではある。
 「これで同い年だな」
 航輔も15だが、彼の場合4月2日の早生まれなので翌日には16歳になる。ほぼ一年ほどの差が存在しているが、二人はあくまでも同い年ということになる。
 「つってもお前すぐ誕生日だろ、面白くねえ」
 「お、俺の誕生日を覚えてるのか」
 「そ、そりゃまあ……」
 「それはさておき、ほら、開けてみろよ」
 照れてるのかどうなのか、航輔の渡した包みを持ったまま固まった世界に開けるよう促す。すると出てきたものは、CDだった。それもクラシックの類。
 「……なんだこれ」
 「見てわからないようなら解説してもいいんだがな」
 そういうことを聞いているんじゃない、と世界は一蹴した。なぜ誕生日プレゼントにこういうものを選んだのか、それを聞いているのだ。
 「お前もそういうのでもいいから音楽に触れてみてもいいんじゃないか、と思ってな」
 かくいう航輔も音楽に造詣が深いわけではない。ただ聞いているだけである。それでも世界よりはマシな自信があった。というより、普段見ているニュース番組に流れている曲ぐらいしか知ってるものがないというレベルだから仕方のないことなのだが。
 「……わかった、もらっとく」
 そこで航輔は少し違和感を覚える。とはいえ別に悪いことではないのだが。CDの扱いがすごく丁寧というか大事そう、というか。あくまで航輔が見て、ということなので結局のところ贈り物を大事に扱うのは当然だからそれも自然なことなのかもしれない。
 ただ、それから時間が経つにつれてCDをあげたことも徐々に記憶から薄れて行った。世界が何度かCDプレーヤーで何かを聴いてるシーンは目にしたが、まさか『それ』だとは思いもしなかった。

 「お前……それ」
 覚えがあるどころか自分で選んで買ったCDである。記憶が薄れていたとはいえ、見れば思い出す。まさか未だに聴いていたとは。
 「お前がくれたやつだろ?」
 さも当然、かのように言ってのけた世界。それは普通に正論で、口をはさむ余地はない。だけどそれは、航輔にとっては思っても見ないこと。半年間ずっと同じCDを聴き続けてるとはまさか思わない。
 「いや、そうだけど……」
 世界はそんな航輔の答えに不満だったのか、立ち上がると航輔の隣でまた腰を下ろす。むしろぴったり寄り添うような形だった。
 「ほら、コレ」
 片側のイヤホンだった。それを耳に付けろと言うことらしいが、その前に世界がくっつくように隣に座ったことで航輔はちょっと慌てていた。
 「あ、ああ……」
 どうにかこうにか落ち着かせつつ、渡されたイヤホンを付ける。確かに自分の買った、クラシックのCDだ。ちゃんと自分でどんなものをあげるか考えて、そしてきちんと試聴もして。世界はあまり気にしてなかったけれどラッピングも自分なりにこだわって。そうして誕生日プレゼントとして、あげた。
 そんな品物を今もなお大事にして、聴き続けてくれるということはもちろんうれしかったし、それを一緒に聴こうとしてくれる行動もうれしかった。だからなんだか航輔は温かい気持ちで一杯になっていた。
 「なあ航輔」
 目を閉じて航輔に凭れたままだった世界が、口を開いた。
 「なんだ?」
 「来年も、こーいうのくれよな」
 来年も。つまりは半年後も。航輔と今みたいな関係でいたい、という遠回しな表現だ。付き合い始めてそろそろ半年が経過する。まだまだ航輔も世界と一緒にいたい。その申し出は、受け取る以外に選択肢はなかった。
 「分ってる」
 愛、という言葉で言い表すにはまだまだ早いような関係だと思う。そもそもそれがなんなのか、具体的にわかってないし、知ろうとして背伸びするほどのことでもない。ただ一緒にいたいという欲望さえ満たされればそれでいい。あとはそれに付き合わされる世界がどう思うか次第だ。
 「なんだかんだで俺、お前が大好きだからな。なんでもいーぞ」
 航輔は苦笑する。目を見てそういうことを言うのが苦手なのだ、世界は。だから自分の気持ちを言いたいときはこうしてお互い向かい合わずに済むような場合が多い。それがわかるから、今の言葉が嘘じゃないってことも、ちゃんとわかる。
 「なんでもいい、っていうのが一番困るんだ、わかるか?」
 「そこは俺への愛情を試すみたいな感じだろ」
 愛情、という言葉と愛、という言葉は意味が違うと思う。けれど最終的に行き着くところは同じ。航輔は世界が好きだ。その感情が薄れない限りは、その意味の違いなど些細なことでしかない。つまるところ、そういうことだ。好きだから一緒にいたい。それだけ。
 それだけなのにもかかわらず、愛とか恋とか、一概に語るのは難しい。なぜなら航輔はただ一緒にいることがいい、と思うけれど、そうじゃない人もいっぱいいる。要するに、人によって恋愛観は様々だ、ということだ。
 

- the end -

2012-04-27

好きな人にどんなものを贈るか。
それを考えている時間がきっと楽しいんでしょうね。
あいにく僕にはそんな経験は少ないんですけども。