「お前なんか、嫌いだ」 そんなことを平気であいつに言った俺も救いようがないくらいに馬鹿だけど。そんな言葉を真に受けたあいつも馬鹿だ。本気で俺が、そんなこと言うワケがねーだろ、ふざけんな。毒づいてみるものの、すでに聞いてくれる相手はここにはいない。 まだあいつは許してくれるんだろうか。今更何を言ってるんだ、って怒鳴られたって仕方ない。何せ俺は、それだけのことを言ったのだ。けど、だけど、やっぱり俺は本音を言うことが苦手なだけで。それを素直に言えなかった、俺が悪い。 だからこの落とし前は、俺がつけなきゃいけないのだ。 俺は明るい性格ではないという自覚は前々からあった。何かあるとすぐにふさぎ込むし、ネガティブにものごとをとらえがちなのだ。そんな性格が嫌になったことも何度かあるけれど、なんだかんだで受け入れつつあった、と思いたい。 だから、というのだろうか。航輔の存在が負担になることが時々ではあるがあったことは否定しない。確かにあいつは非の打ちどころがない、とまでは言えないものの、いい奴だし勉強もスポーツもできてなんだかもう素晴らしい奴なのだ。俺にはそうとしか言えないくらい。 対して俺はどうかっていうと、とりわけ得意な分野もないし、むしろ苦手なものばっかりだしで地味、という単語が良く似合う。高校生になったのに一向に伸びない身長も恨めしい限りだ。 勉強は好きじゃない。運動は苦手だ。寒いのは嫌いで、暑いのは苦手。好きでやってるゲームも得意ってわけじゃないから極めようとも思わない。中途半端だ、とは自分でも感じているけれど。 そんな俺の、一体どこに惹かれたのか。航輔に聞いたことはあるけれど、いまいち納得はしていなかった。俺は自分を客観的に見ても魅力があるとも思っていないし、思われないだろうし。つまるところ、好かれる理由に心当たりがないのだった。 けど逆に、俺はあいつのことを好きなのは間違いない。そりゃあ自覚するまでそれなりの期間と理由が必要だったけど、むしろ俺と逆で嫌いになる理由はないのだ。いっつも俺のことばっか考えてるし、一緒に居たいという気持ちは痛いくらい伝わってくる。 だからこそ、俺は痛い。俺なんかと一緒に居て航輔は楽しいのだろうか、と。疑問に思わないようにしていることだけど、それを感じることはたまにあるのだ。学校生活を送っていると、特に。あいつはもうすでにクラスでは打ち解けてていろんな奴と話しているのを見る。男女関係なく。かくいう俺はあいつと陸、愁哉以外だと片手で数えれるくらいしか、友達がいない。 別段数が多ければいい、とは思わない。けど、友達が多いと言うことはそれだけそいつと過ごしていて楽しいと感じると言うことだろうから、ある意味で指標になりうるものだろう。俺はそういった意味ではホントに、つまらない奴だと思ってる。 あいつの隣は確かに居心地がいいけれど、時として重荷になりうる、そんな場所だ。俺の性格からして、その時は割と頻繁に訪れる。たとえば、高校に入ってからもう結構経つけど、俺が知っているだけで五人には告白されている。男女については問わないけど。 うち何人かは俺も断る現場を見ていたりしてて、なんというか。罪悪感が重くのしかかってくるような、そんな気分に陥る。別に俺があいつと付き合ってさえいなければ、誰もが認めるようなそんないい人ばっかりだったのに。 俺はただ、タイミングの問題で少し早かっただけなのだ、と考えてしまう。しかも俺が『誰にも言うな』って口止めしてるもんだから、あいつも断る口実に毎度苦労している。付き合ってるけど、それを言って断るわけにもいかない。けど下手すると断りきれなかったりもして。 俺の存在は、もしかするとあいつにとっても負担なのかもしれない。表面上はあくまでそう振る舞っているだけで。下手に分かれれば俺が衝動的に自殺でもするんじゃないかと思われてたって不思議じゃない。実際に春休みに、それをやりかけたことがあるから。 精神的にもよく俺は不安定になっている。逆にあいつはそうじゃない。いつも揺るぎなく俺を見ている。それは嬉しいことだけど、辛いことでもあって。どうしたらいいのか、俺にだって答えはでない。 だからこそ俺は、あんなことを言ってしまったわけだけど。 「……そうか」 俺はしまった、と思った。あいつは普段と何ら変わりない様子でそう頷いた。そんなことを思ってるわけなんてない。けど、いっそ一回別れてしまえばすっきりするんじゃないかなんて。そんなことは所詮幻想でしかないんだけど。 そして俺は何も言えず、あいつも何も言わず。その日は気まずいままに終わっていった。どうせあいつのことだから気にしてないんだろうな、とも俺と別れたらあいつはすっきりするんじゃないんだろうか、とも根拠のない想像を膨らませていたんだけど。 何より、心にぽっかりと穴が開いたような。そんな気分は一向に回復しなかった。あいつを傷つけたんだろうか。あんなことを言った俺はもう見限られたんだろうか、とか。もう戻れない段階になって初めて知ることになる。俺はあいつがとんでもなく好きだったんだって。 一人ぼっちの部屋で、俺は泣きそうになりながら、あいつにまた謝れば許してくれるかなと都合のいいことを考え始める。あいつは優しいから、もしかしたら許してくれるかもしれない。けど、そんな俺がまたあいつと一緒に居られるのかって考えると、どうにもできないような気がしてきた。 だから電話がかかってきたときは心臓が飛び出すかと思うくらい驚いた。けど、相手は俺の臨んだ人ではなかった。 『もしもし、世界くん?』 「……奏さん」 航輔の母親で、病院に勤めている御堂奏その人だった。一体何の用事だろう。もしかして航輔が何か言ったのかもしれない。何を言われてもいいようにと、俺は覚悟を決める。 『あのさ、ひじょーに聞きにくいんだけど。今日あの子と何かあった?』 何かあった、ということは詳しくは聞いていないんだろうか。どちらにせよ俺からは何も言えない。まさか本当のことをあいつの母親に言えるわけがなかった。 「……」 『あの子さ……ずっと部屋で泣いてるんだよ』 「え……」 俺はその言葉を聞いて、今日何度経験したかわからない大きな衝撃をまた、味わう羽目になった。あいつが、泣いてる?俺はあいつと結構な時間を過ごしてきたつもりだけど、泣いてる顔は未だ一度も見たことがない。 『だからさ、あたしからお願いなんだけど……あの子を、励ましてあげてくれないかな』 そんな願いを聞いてもまだ、俺は決心がつかなかった。俺なんかでいいのだろうか。むしろあいつを泣かせてしまったのは俺なのだ。そんな俺が、どうやって、どうしたら。ぐるぐると頭の中を考えがまとまらずにまわっていく。 『あの子、本気で世界くんのこと好きみたいだからさ。あたしより君から言ってもらった方がいいと思うんだ』 馬鹿なんじゃねーのか、あいつは。俺は真っ先にそう思ってしまった。そんなに俺が好きなら、ちょっと嫌いだーとか言われたくらいで落ち込んでるんじゃねーっての。まぁ、それは俺にだって言えることなんだけど。そんなに好きなら、嫌いなんて言うなってこった。 この言葉を聞いて、俺はようやく決めた。すべては俺の責任だ。だからたとえあいつに何を言われようと、もう一度だけ話をする、と。それをやらないと、いけないのだ。 「わか、った」 『お願い。携帯は部屋にあったはずだから。そっちにかけてみてね』 だから、もうこぼれそうになっていた涙を一度だけ拭って。俺は意を決して電話を掛ける。もう何度も何度も、かけた相手に。 コール音がここまで緊張を煽るものだと、俺は思ってもみなかった。もしかしたらもう俺と話したくないと思っているのかもしれない。出たとたんにひどいことを言われるかもしれない。頭の中でいろいろな想像が駆け巡るけれど、それでも切ることだけはしない、とこらえていた。そして。 『……よお』 出た。真っ先に鼻をすする音が聞こえて、やはり泣いていたのだとわかる。 「よ、航輔。元気か」 あんなことを言っておいて、随分軽い挨拶だ、とも思ったけれど。俺はもう何を言えばいいのかわからなくなりつつある状態なのだ。沈黙せずにしゃべるだけで精いっぱいだ。 『あんなこと言われたら元気でねーよ、流石の俺も』 声が低い。本気で落ち込んでいたようで、俺は申し訳ない気持ちで一杯になる。どう声をかけてやればいいのだろうか。そんなことは初めから分かっている。もう、本当のことを言うしかない。 「俺な、考えてたんだよ。お前とほんとに付き合っててもいいのかって」 また鼻をすする音が聞こえる。が、俺は構わず続けた。 「俺らほら、男同士だし。そんで俺なんてどこがいいのか俺でさえわかんねーくらい地味な奴だけど」 俺はそこで一呼吸、置く。そして航輔が口を挟む前にまた、続ける。 「それでもさあ。俺、お前がいねーと駄目なんだよ。もともと駄目なのにもっとさあ」 『……』 「だから俺がちょっと『嫌いだ』なんつったくらいで本気で泣くなよ、お前」 俺の言葉を本気で捉えてしまうということは。それだけ俺のことを考えてるって証拠でもあって。回りくどい方法だったけど、あいつも本気なんだということは、もう痛いほど理解できた。痛いほどじゃなくて、もう実際に痛いんだけど。 『……今からそっち行く』 そんな一言だけ残して電話は切れた。けどもう、俺は大丈夫だと思っていた。そしてあいつに泣き顔を見られまいと、顔を洗うことにした。 泣きたい夜はあってもいい、けど、今からはそんな時間は必要ないから。 |
- the end -
2013-03-17
お互いに相手が自分のことを好きだと伝えていくうちに、最終的に愛し合ってることになる。
ホントにそうなのか、僕には経験がないのでわからないけど。
多分そうなんじゃないかって思ったりもします。