第07話 『それは言えないなあ』

 月曜日。最近にしては珍しく温かい日になった。マフラーを付けていくか否か迷ったが、また寒くなると面倒だ、と結局いつもの通り。でも今日は、家を出た段階でまだ寒くない。道行く人を見ていても心なしか浮ついているような気がする。
 それはまた、12月に入ったからかもしれない。そういうことに気付いた。妙にイベントごとが多いこの月を楽しみにしている人も多いのだろう。俺にとってそれは無縁のことでもあるのだが。クリスマスは家族と、っていうのが恒例なのだった。
 とまあそんなことを考えながらいつも通り学校へ行く。けれど今日は多少珍しい日になった。
 「こんなとこで会うって珍しいなあ、市野瀬」
 通学途中の俺に話しかけてくる人物がいたということ。……自分で言ってて少し悲しくなる。けれども事実。目の前の人物は兎系獣人こと瑠璃垣海。俺も割と珍しい苗字だと自負していたがこいつはこいつで珍しい。三文字の名字は意外と珍しいものが多いのだろうか。
 そしてこいつは、俺のクラスでの数少ない話をする奴。本人は苗字を書くのがマジめんどい、と愚痴っていた。
 「瑠璃垣、か」
 「俺今日珍しく早起きしたんだよね、そしたらお袋がさ、ぜってー雨降るから傘もってけって言うんだよ。余計なお世話だっての」
 話す奴、とは言ったがたいてい俺は瑠璃垣が話しているのを聞くだけである。もともとそういうのが好きらしいので、あまり話のうまくない俺としてはそれでも十二分なのだが。
 「しまったな、傘もってくるの忘れた」
 「待てよお前、もしかして俺が朝早起きしたくらいで真面目に雨が降ると思ってるんじゃねえだろうな?そしたら月に4,5回くらいは雨が降るぞ」
 「それ、わりと普通だと思うぞ」
 「……。もし仮にそうだとして、俺の早起きとは断じて関係ない。絶対」
 「じゃあ前早起きしたのはいつなんだ?」
 「先々週の……えっと、水曜あたりだった気がする」
 「待て、その日は確か雨降ったぞ」
 「……お、おい偶然に決まってんだろ、何言ってんだ。だから引き返さないでください真面目にお願いします雨降らないから!」
 瑠璃垣式天気予報では今日は晴れらしいので、俺は引き返すのを止めた。何を根拠にしているのかは分かりにくいが、今の空模様を見れば快晴、まさに冬らしく晴れ渡っているので大丈夫だろう。もし仮に雨が降ったとしても万一に備えて折りたたみ傘は持っている。
 「……ん、あれ、熊野だな」
 瑠璃垣が一方的にしゃべりながら歩いていたら、不意にそう言った。よく見ると前方にそれらしき影がある。結構距離があるし、なによりまだ走って追いかけるほど仲が良いとも言えなかったから、俺は適当に相槌を打っておいた。
 「知ってるのか?」
 「まあな、あいつ見てると面白いんだよ。こないだはなんだったかな、昼寝してたら授業遅れて怒られてたな」
 ……相変わらず行動がよく読めない奴である。とはいえ熊野らしいと言えばらしい。
 「そうなのか」
 「でもなんか、最近はちょっと楽しそうなんだよな」
 意外だ。最近しかかかわってない俺としては無表情(たまに笑うけど)なイメージしか浮かばない。それなのに楽しそう、とは。
 「なんつーか、前は結構得体のしれない感じだったのに、最近は割とわかりやすくなった気がする、っていうか」
 瑠璃垣にも微妙にしかわからないらしい。それなら俺にわかるはずもない、と一人納得。
 そしてそのまま、俺たちは二人して学校へと向かった。……一度だけ熊野が後ろを振り向いていたことには全く気が付かなかった。
 そしてその日の昼休みに話は移る。瑠璃垣とはごくごくたまに昼飯を同伴している仲ではあるものの、今日はそういう日ではなかった。つまるところ、普段通りに一人だった、ということ。
 どうしようか、と悩む。とりあえずは昼飯を確保しなければならないわけだが、どうするにしても教室にいても仕方がないので歩きながら考えることにした。そしたら。
 (……ん?)
 目の前をひょこひょこと熊野が歩いていた。白虎はかなり珍しいので相応に目立つ。というわけでそう見間違えることもない。
 「おい、熊野」
 そしたらぴたっと熊野の動きが止まる。一応声は聞こえたらしい。ゆっくりと振り返って、
 「あれ、市野瀬君じゃん」
 と、言った。なんだか違和感があったけれど、そんなことはいい。
 「お前昼飯はどうしてるんだ?」
 「うーん……適当」
 随分と気分屋らしい。まあそうだろうと大体は分かっていたから何も問題ない。
 「じゃあ今日は一緒に食べないか?」
 少しの沈黙。何かを考えているようには見えない。が、しかしその様子見もすぐに中断される。
 「いいよ、どーする?」
 意外とあっさり了承した。案外一人で食べたりするのにこだわりがあるタイプなのかもしれないと思ったが、そんなことはないようだった。
 「そうだな、今日は購買で買ってカフェテリア行くか」
 カフェテリアは注文する必要のない場所なので、割と便利だったりする。
 「……そうだね、そうしようか」
 そして二人そろって購買へ行く。ここの購買は一か所しかないもののわりあい広い店で、そして下手するとコンビニよりも品ぞろえがあるかもしれないという場所だった。
 熊野はそそくさとサラダ類が置いてあるコーナーへと歩いて行ったのでなんとなくついて行く。俺はどうしようか、とか考えながら。
 「お前、菜食主義なのか?」
 「んー、微妙なとこかな。ベジタリアンってほど野菜ばっか食べてるわけではないよ」
 鶏肉のから揚げが載ったサラダを物色するように見ながら熊野は答えた。
 「逆に野菜ばかり食ってたらそれで体に悪そうだしな」
 「そーそー、何事もバランスが大事、なんだよ」
 結局から揚げサラダ(命名は俺)にしたらしい。あとお茶で今日の昼飯にするらしい。案外健康には気を遣っているらしい。
 「で、君はどうするの?」
 「俺は……お、ハンバーグ弁当が安い。これだな」
 デミグラスソースハンバーグ弁当、と名前だけはやたらと長い弁当を買う。エビフライとポテトサラダもついて320円。コンビニより安い。俺も熊野に倣ってお茶をいただくことにし、烏龍茶と共にレジに並ぶ。お会計は420円、500円玉でもおつりがくるという優秀さである。
 「じゃあ、行こうか」
 袋を持っている熊野は、何やら楽しそうだった。表情にはあまり出てない気がするものの、確かに朝瑠璃垣外が言っていたように『楽しそう』ではある。何かいいことでもあったのだろうか。
 「なあ、熊野」
 「なーに?」
 立ち止まって熊野は俺の方を振り向いた。
 「何かいいことでもあったのか?」
 この質問に対して、熊野はしばらく額に人差し指をあてて考えていたものの、答えが見つかったのか、言った。
 「うん、そうだね。あったよ」
 「それはなんだ?」
 我ながらおかしな質問だ、と思いながらも聞いてしまう。
 「それは言えないなあ」
 言いにくいことなのだろうか。どのみち本人が言わない以上は俺は追及することができない。
 そうこうしているうちにカフェテリアに到着。ドアをくぐるとちょっと過剰なんじゃないのか、というくらいに暖房が利いている店内は空いていた。この学校の昼時はいろんなところに分散しているので一か所に集中するということはないのだった。それは便利なことだが、逆にどこか空しい気もする。
 窓際の開いている席に腰を下ろす。喉が渇いていたのか、熊野はまずお茶を一口、飲んでいた。
 「それじゃ、いただきます」
 「いただきまーす」
 今日も今日とて、熊野の飯を食べるスピードは遅かった。むしろこの間より悪化しているのではないかと思う。前よりもしゃべってる時間が増えた、ということもあり俺の方も遅かったのだが。
 「とりあえず、今日から部活参加してくれるんだよね?」
 何がとりあえず、なのかはよくわからなかったものの、とにかく今日から園芸部として活動しなければならないようだ。とはいっても、まだ何をするのか詳しくはつかめていなかったりするのだが。
 「ああ、それについてはいいんだが」
 「だいじょぶ、今日は水やりの日じゃないから」
 そういえば前は週何回かの部活だったらしい。……けど、他の日はそれはそれで部室に言って遊んでたようなので実質似たようなもののようだ。
 「? じゃあ……何するんだ?」
 「詳しい説明と、あとはまあ適当にー」
 この間はざっと説明をしただけらしいので今日は細かい説明もしてくれるらしい。なんというか、今更俺が入って意味があるのか、とも思うが、それについては気にしてもしょうがない。
 「わかった、授業が終わったら行けばいいか?」
 「そだね、一応部活だし」
 から揚げを口に放り込みながら言った。……食べるかしゃべるかどっちかにしてほしい、と俺は思う。食べるのが遅いことに関しては目をつむってもいい。
 「お粗末さん、と」
 まだ3割くらい残っている熊野を見て思う。こいつひょっとしてわざと遅く食べているんじゃないのか、と。仮にそうだとしても俺に確かめるすべなどないのだが。
 時刻は12時48分。午後の授業開始は1時。はたして間に合うのだろうか、と俺は熊野の食べるペースを計算し始める。……多分ちょっとオーバーする、ような気がする。
 

- continue -

2014-04-12

超久しぶりの更新はやっぱりこれとなりました。
良くあることではありますが。