この冬に劇的なパラダイムシフトがあったのは記憶に新しいけれど、かといってあのクリスマス以降とくに何かがあるわけではなかった。なんていうか、熊野との会話は相変わらずで、そして相変わらず俺のことを『市野瀬君』と呼んでくるし。 それでもまあ、まだあまり日が経ってないことを考慮してもなんだかあまりに変化がなさすぎて。こういうものかと、思ってしまう。結局友達はいないのに恋人がいる、みたいな今の状態が、特殊なのかもしれないが。 そんなこんなで、熊野と付き合いだして、というか告白されてはや5日。12月29日。今までメール程度のやり取りだったのだが、その日はいきなり熊野から電話がかかってきた。 『市野瀬くーん、元気?』 「いや、まあ、元気だけれど」 『いやあてっきり寂しくて孤独死してるんじゃないかって心配してたけどそんなことないみたいだね』 「俺はウサギかなにかなのか……」 見た目は肉食、頭脳は草食、その名は市野瀬司!的な。いやはやまったく面白くない。何がって面と向かって否定できないところが特に。 『ふーん、じゃあまあ、いっか』 「何の話だ?」 『ああいや、もうすぐ年越しじゃん?だから、初詣でも行こうかーって誘おうかなと思ったんだけど』 「行こう、是非行こう」 俺もあのクリスマス以来熊野に会ってないので、この誘いは素直に嬉しかった。ていうかそうだよな、俺も自分から誘えばよかったのだった。 『え?でも寂しいってわけじゃないんでしょ?』 「すいません寂しいです!俺は熊野に会えなくて寂しいです!」 なんだろう、いいように扱われているような気もするけれど。まあ無意味にそういうことを考えるよりはもうこの場合、流されるほうが楽なような気もする。 『まあでも友達の多い市野瀬君のことだから引く手あまただろうしなあ』 「なあ、俺をいじめてそんなに楽しいか?」 熊野も俺に友達がいないことくらいは知ってるはず。一体何なのだろう。これが好きな人に対する態度なのだろうか。 『僕あれなんだよ、好きな人にちょっかい出して泣いて謝らせたくなるタイプなんだよ』 「自分を好きな人に対して素直になれない可愛い小学生みたいに言うな。それはただのいじめっ子の心理だ!」 『咽び泣いて許しを乞わせたくなるんだよ』 「より酷くなった!?どれだけ圧政を敷くつもりなんだお前は!」 薄々は感づいていたことだけど、熊野の性格って若干悪い感じだよな。というか口が悪いというか。そんなんでやっていけるのか多少不安になるけれど。でも、熊野は熊野で楽しそうなのでまあいいか、とも思う。 『ま、冗談はおいといて。31日の夜、でいい?』 「おう、いいけど。お前の家まで迎えに行こうか?」 夜中の徘徊はなかなかに危険を伴う。まあ俺に関しては親もそういう意味での心配は全くしないからまあ大丈夫なのだが。 『そだね、君が居てくれた方が安心できるかも。じゃあ悪いけど、お願いしてもいい?』 「わかった。……こういっちゃなんだけどえらく素直だよな」 割と驚いてしまうくらいこいつは素直にものを言わなかったりする。だからこういうときに穿ったものの見方をしてしまうという弊害がでてくるわけだが。 『いや、僕これでも君のこと、好きなんだけど』 「あ、ああ、そういえば」 『そういえば、ってなんか失礼な言い方だよねー』 「悪い悪い。でもまあ、ちょいちょい不安になるんだ」 会話自体は楽しげにしてるんだけど、その内容はなんだか殺伐としてるような。ていうか、これでもっていうことは、自覚はあったということなのか……。 『ふうん。まあ時々ならデレてあげるよ』 「お前の属性、ツンデレだったのか!?」 『どっちかっていうとヤンデレかな』 「病んじゃってたのか!やめろよ、『君も殺して僕も死ぬ』とかそういうの!」 『元ヤンデレ』 「なんか意味がガラリと変わったな」 というかなんなんだ、その属性は。元ヤンでもなんでもないだろ、熊野は。 『まあ冗談は置いといて。うん、じゃあ僕そろそろ寝るから』 「じゃあまた31日にな」 『うん、おやすみー』 「おやすみ」 いつも通り、わけのわからない会話だった。俺自身それが全く楽しくないかと問われればそうでもないんだけど、なんだろう。何か釈然としない。 とはいえ、熊野も熊野で俺のことを考えているようなので、そこは安心したのだった。 そして12月31日。年越しそば食べて、11時を回ろうとした頃合い。初詣行ってくる、という俺の言葉にまたなんだか喜んでいた親を尻目に、俺は家を出た。もうそろそろそういう反応は止めてほしいものだけど。俺に友達がいないのも相変わらずだし。 熊野の家には一度しか行ったことがないけれど、それでも俺はきちんと場所は覚えていた。まあ覚えるべくして覚えた、という方が正しいんだけど。あいつの家はそれでもいつも通り、豪華絢爛な感じだった。そしてエントランスで、電話を掛ける。 『よう、市野瀬君。どったの?』 「いや、お前んちに着いたけど」 『へ?玄関前にいるってこと?』 「いや、エントランスホールだけど」 わざわざ玄関チャイムを鳴らすのも面倒だったし、どうせ外へ行くなら熊野に下まで降りてきてもらうのが一番いいだろう、と思ったのだが。 『君って意外と愚かな考え方してるよね』 「なんで俺意味なく罵倒されてるんだ!?」 なんだか辛辣な言葉だった。けどまあなんか、慣れてきた感じはある。それはそれで嫌だけど。 『どーせ今から神社行くし僕に下まで来てもらおうとか思ってるんでしょ市野瀬君てば』 「それでなんでそうなるんだ?」 『それだから愚かだって言ってるんだよー。人前で手なんて繋げると思う?』 「……!」 そこでようやく、俺は熊野が何を言いたいのかが理解できた。確かに、俺たちの付き合いは人目をはばかるものではある。だからこそ人前では友達みたいにふるまうのがベストではないにしろ、ベターではある。 『いいからさっさと上がっておいで。まあ、12時には神社に行くようにはするけど、それまで二人でいようよ』 なんだかんだ言っても、熊野も俺のことが好きなんだ、と実感できる言葉だった。 「やあ、久しぶりだねえ」 「とはいえ一週間ぶりだろ」 先週とあまり変わらない、無機質さをもった整然さを持っている部屋に入る。するとなんだか、背中辺りにあったかい感触が。 「むう、久しぶりだなー……この感じ」 熊野が背中から俺を抱きしめていた。まあ身長差のせいで俺の背中に顔をうずめる格好になるんだけど。 「いつもこれくらい素直ならいいのに」 「なんだろ、直接会ったときの方が素直になれるのかも」 「お前と電話したくなくなってきたな」 「でもそれも僕じゃん」 確かに。あのなんか俺のことを好きなのか若干疑わしくなってきたりもするような言葉を吐く人物も熊野なのだ。実際どうなんだろう、ああいう会話をしているときの熊野って、俺のことをどう思ってるんだろう。 「うん、満足した」 「え、早くないか?」 「なんだよー、僕の体温感じてないと寂しいのかよー」 「そりゃあ寂しいだろ、うん」 「じゃあまあ、とりあえず神社行こうか」 「え、俺の言葉は無視か!?」 「君も本当になんというか、周りが見えない人だよね」 呆れた声でため息を吐かれた。なんだろう、俺ほんとに好かれてるんだろうか。さっき取り戻した自信がガラガラと音を立てて崩れ去ったような気がする。 「続きは初詣行ってからでもいいでしょー」 「……それもそうだが。もうちょっとオブラートに包んでくれ」 俺は俺で、傷つきやすいんだ……。 「なに、君にもうちょっと優しくしろって?」 「ほんのちょっとした気遣いで救われるものがあると思うぞ……」 「それ僕に死ねって言ってる?」 「お前俺にどれだけ厳しく接してるんだ!?」 それだけで死ぬのと同等の扱いって……。俺ちょっと泣いてもいいだろうか。 「じゃ、行くよ。ほら」 そしてそれはそれは自然に。熊野は俺の手を引いて、エレベーターホールへと歩を進める。なんだろう、この飴と鞭にもなっていない飴と鞭作戦を展開されてすぐに気分が良くなる俺は割と単純なのだろうか。 深夜の神社は案外人であふれていた。まあ、神社にとっても今がかきいれ時だろうし、致し方ないことではあるだろうけれど。いや、こんな深夜のお出かけだからといって、二人きりの空間ができると思っていたわけではない。経験不足ゆえの痛い失敗だった。 「ひといっぱいいるねー」 「そうだなー……」 「ゴミみたいだね」 「それには同意できんぞ!?」 名言であることは認めるけれどそれが決していい言葉ではないのは間違いない。しかしそのゴミの中に自分も入っているということには果たして、熊野は気が付いているのだろうか。 「えー、違う?」 「その理屈で言ったらお前もゴミみたいってことになるぞ?」 「その理屈で言うと君もゴミみたいってことになるけど」 なんだろう、間違いを指摘するとより酷い言葉を浴びせられるというルールでもあるのだろうか。 「しかし、屋台まで出てるとか縁日みてえだな」 「そうだね、なんか買ってく?」 「そうだなー、でもまあ、帰りでいいんじゃねーか?ここで食うってわけにもいかないだろ」 「リンゴ飴早食い競争とかしてみる?」 「またなんでそんな食べにくいもので早食い競争をしなきゃらならいんだ」 「じゃあ遅食いで」 「決着つくのかそれ」 引き延ばし放題の勝負とか何が面白いのだろうか。まったく盛り上がる気がしない。 そんなこんなで、まず鳥居をくぐり、御手洗で手を洗う。正式な作法と言うのもあるのだろうが、恐らくは知らない人の方が多いのだろう。俺も詳しくはしらないので、まわりに合わせながら手を洗った。そして賽銭箱の前に立ち、二礼二拍一礼。これもまあちゃんとできているかそうでないかと言われれば、間違っているのだろうけれど。 「ねー、何お願いしたの?」 参道を引き返している途中、熊野に聞かれた。 「なんだっていいだろ」 「どうせ『来年も熊野と一緒にこれますように』とかなんとかでしょ?」 「……!」 一字一句たがわず当てられてしまって俺はとんでもなく驚いた。なんだこいつ、心でも読めるのか。 「なんてゆーか、ベタだよねー。もっとウケ狙えばいいのに」 「仮にも神様へのお願いで笑いを取る必要はないだろ!」 「んー、でもま、70点くらいはあげてもいいかな」 微妙に辛口な採点だった。いや、そもそも願い事を採点するとしてどういった採点基準がそこにはあるのだろうか。そんなのみんな、好き勝手言うだろうし。 「じゃあお前は何をお願いしたんだ?」 「ん?えっとねー」 俺のときにはあれだけ批判したのだからきっと大層な願い事なんだろうなあと思って身構える。 「来年も市野瀬君と一緒に来れますように」 「俺と一緒じゃねーか!」 むしろ名前を抜けば一言一句違わず一緒だった。 「ええー、嬉しくないの?」 「長ったらしい前置きさえなければ嬉しかったわ!なんだよ70点て!お前も一緒じゃなねーか!」 「70点同士の二人。いいカップルだと思わない?」 「なに良い感じに締めようとしているんだ!」 「だってそろそろ話も終わるし」 「ちょっと待て、一体何が終わるんだ?そもそもこれ話ってどういうことなんだ?」 最後の最後で結局はやっぱりこいつとの会話に着いていくのは難しいことだと感じたけれど。 けれどなんだかんだで俺は、熊野と過ごす時間がとても楽しいのだった。 |
- the end -
2013-08-15
書いてて楽しかった話です。
なんていうか、こういう雑談ばっかの話を聞くのも見るのも好きだったりして。