君と積み重ねてきたもの

 ぼんやりと過ぎる週末の時間は、はたして有意義と言えるのだろうか。俺には判断がつかないけれど、二人で過ごしてるだけでなんだか楽しいと思えるからそれはそれで有意義と言っていいのかもしれない。意味なく世界の家にやってきてはだらだらして帰る、とそういうパターンがとても多いのだが。
 そういう意味で俺は週末がとても好きだったりする。出かけないにしてもやたらと一緒に居れるから。ただ、そういうのに世界が慣れてきてしまったのか、最近反応がドライになってきてるような気がして仕方がなかったりする。
 気のせいと言われればそれまでだし、なにより嫌いとか言われたわけじゃない。ただ俺がなんかちょっと寂しいなと感じてるだけであって。それだけなんだけど、もう少しなんというか、俺に対して執着してくれたっていいと思う。
 もちろんそれは俺のわがままだってことも理解してるし、世界が俺に対して執着を見せる時は大抵精神的に追い込まれてる時だったりするから、それでもいいと俺は思う。ただ、そんなことは滅多にないから俺としてももやもやしてしまうだけであって。
 今日も今日とていつも通りの週末で、土曜日の朝に俺はやってきた。当然早起きがとても苦手な世界は起きてすらいなかった。そういう時に俺が訪問してもいいように、一応合鍵はもらっているものの。朝と言うか午前中に行くと大体世界は寝てる。そして朝、あるいは昼を一緒に食べて、だらだら過ごすのがいつものパターンだった。
 「なぁ世界」
 ソファに座ってる俺の太腿を枕にして寝転がりながら携帯ゲーム機にむかってなんかやってる世界に話しかける。昔は俺に凭れかかる時ですらひと悶着あったもんなのに、随分と慣れたらしい。
 それはいいことなのかもしれないが、いまだ俺の中で世界は不器用だった傾向が強いから、俺の方がまったくもって慣れない。そんなことはどうでもいい話なのだが。
 「ん、重いか?」
 重いかどうかで言えばそんなことはない。ただまあなんでかという話に言及すると世界に怒られるから伏せておくことにする。別に身長の話なんて気にすることはないと思うし、俺は何度も世界に『今くらいの方がちょうどいいんじゃないか』と言っている。とはいえこれについて、世界は俺の話を聞く耳はもたないのだが。
 「いや、そういう話では……お、メールか」
 着信音で会話が切れる。内容と言えば大体分かりきっていて、遊びの誘いだった。断ってもよかったのだが、そう毎度断るほど俺も付き合いが悪い訳じゃない。世界と一緒に出掛けてる時は例外だが、世界の家にいるときに誘われて遊びに出ることも、回数は多くないもののあるにはあった。
 「誰からだー?」
 「夜空」
 「あぁ……あいつも暇なんだな」
 俺と世界のクラスメイトからのメールで、今日も何人かで集まってるから来ないか、という誘いだった。あとから聞いた話によると、世界にも話が来てたらしいけれど携帯を全く見てなかったせいで気づかなかったとのことだった。俺と居る時は携帯使わないから寝室にほったらかしにしてあるらしい。
 「毎週末誰かしらとつるんでるらしいからな」
 「よくやるよ……んで、お前行くのか?」
 「おう、たまにはな」
 本音を言うならあまり気乗りしない話ではあるのだが、そう毎度毎度断って付き合いの悪い奴、と思われるのも気分良くはならない。そのあたり世界みたいに自分本位で考えられればいいのだが、生憎俺はそういう風に割り切ることはできない。
 けれど、だ。ここで世界が寂しいからと言って俺を引き留めたりするなら俺だって取りやめたりもするだろう。俺は世界を第一に考えてるわけだから。ただ、そうしてばかりもいられないということを、理解しているわけであって。
 「行ってらっしゃーい」
 だから世界のそっけない返事にも特に感想は抱かなかった。というより、何も思わないようにしていたという方が正しいかもしれない。
 「やっぱり行かないのか?」
 世界を連れて行ったとしても、何も問題はない。そして世界にとって知り合いがいないから、とかそんな理由があるわけでもない。むしろそんな理由ならそもそも誘わないのだ。ただ単に世界が外出を面倒臭がっているだけなのである。
 「うーん、ちょっとだるい」
 「お前もなかなかめんどくさがり屋だよなー」
 世界は依然ゲーム機を見つめたままだった。まぁ、いつものことだと俺は諦めた。いつでも世界が俺のことを優先してくれると思うのはあまりにわがままだろう。
 「お前と二人で行くならまだしもなー、人多いの苦手なんだよ俺」
 そんな言葉に嬉しくなる自分が若干悲しいけれど、とはいえそんな言葉を自覚なしで言っていることに世界は気が付いているのだろうか。
 「じゃあ今度、デートするか?」
 「おう、今度な」
 結局今日は出かける気はないらしい。そんな世界を尻目に俺は出かける準備をする。……出かける、というかここも出かけてきた先なんだけれど。
 「んじゃあ行ってくる」
 「おう、それじゃあ」
 持ってきた、というよりは置いたままという方が正しいけれど。俺は名残惜しさを感じつつも、出かけることになった。

 海城に戻ってきたのはもう日も沈みきって、すっかり夜な午後八時だった。世界の家に戻るかどうか悩む時間帯だ。そのあたりについて世界に言っていくのを忘れていた俺は、どうしようか迷った。が、そこはなんだかんだで俺だ、とりあえず顔は出しておくことにした。
 家の近くまで行くと、まだ明かりはついている。というより、健康優良児でもなんでもない世界が午後八時なんて時間帯に寝ているわけがない。なので俺はいつも通り家の玄関をいつも通りの調子で開く。ところが、リビングの方に明かりが灯っていたものの、特に音が聞こえない。
 不思議に思って家に上がる。すると、すぐそこのソファで丸まって世界は寝ていた。いったいこれがどういう状況なのかを考えてみたけれどさっぱり見当がつかない。眠くなったのなら明かりを消して寝るだろうし、ゲームをしていて寝てしまったなら近くにゲーム機が置いてあるはずなのにそれもない。
 まあ、理由なんて世界を起こして聞けばいい。あまり深く考えることをやめて世界の寝顔をのぞきこもうとしてリビングに入る。そしたら嫌が応でも答えがわかった。ソファの向かい側にあるキッチンと、ソファの隣にあるテーブルの上にあったものを見て。
 キッチンには鍋が置いてあって、フライパンにも何か入ってるのが見える。水道のところには洗った調理器具とかが置いてあって、炊飯器も動いていた。そして何より、テーブルの上に二人分、何も入ってない食器が置いてあるのを見て、確信した。
 世界は、俺が夜ここに帰ってくると思って、準備をしていたのだろう。俺は何も言っていかなかったにも関わらず、だ。準備をして、一緒に食べようと待ってて、結局待ちくたびれて寝てしまったのだ。待たなくたって全然いいのに、それでも俺とご飯を食べたかったのか。こういうところはつい可愛いと思ってしまう。
 そっと世界の寝ているソファに近づく。小さくなって寝てる世界の、肩を揺らした。寝顔を見ててもいいのだが、それでは待たせてしまった世界に対して申し訳ない気がして。
 「世界」
 「ん……お、航輔……帰ってきたのか」
 目が覚めて、いきなり俺に起こされても何も疑問に思わないくらいまで、世界と距離が近くなったところがやっぱり嬉しい。そういうちょっとした世界の反応でいちいちそう感じてしまうから、世界が好きなんだ。一緒に居たいと、心の底からそう思うのだ。
 「悪いな、言い忘れてて」
 「そーだよ、戻ってくるならそう言っとけよ」
 そう悪態をつきながら、世界は起きだしてキッチンに向かった。やはり空腹だったらしい。考えてみれば昼過ぎから9時間弱が経っている。その間何も食べてないのならそうなるだろう。
 「飯いるよな?」
 「まぁ半分そのために来たしな」
 最近だと世界がよく腕を振るってくれるようになったから、俺も泊まりにくる頻度が以前よりも増していたのだった。そして意外とおいしいもんだから、余計にだ。
 「お前もまー物好きだよな」
 「まずいなら俺も物好きなんだろうがそうじゃないからな」
 意外と、というのは表現として不適切だった。けれど、初めて世界の手料理を食べた時はまさにそう思ったことは否定しない。当人的には隠れた趣味らしいけれど。
 「褒めたってなんもでねーぞ」
 「別にでなくたっていいさ」
 「……馬鹿なこと言ってねーで、食うぞ」
 それでも満更でもなさそうな世界を見て、最近どうも慣れからかドライになってしまったとした俺の世界に対する印象を変えざるを得なくなった。ドライになったわけじゃなくて、ただ俺に対してストレートに感情が出せるようになってきたということだ。
 それは世界が俺に自分の感情について話すのに慣れてきた結果なのだろう。それを俺が曲解してしまっただけなのだ。それをきちんと分かった今だからこそ言える。もう好きという言葉だけじゃあ物足りないということを伝えるために。
 「なあ」
 「ん?どした?」
 クラムチャウダーが注がれた皿を持ったまま世界が俺の方を振り向く。不思議そうな顔を浮かべて、俺の方を見ている。そんな表情も、何もかも、全部ひっくるめて―――
 「あいしてる、ぞ」
 

- the end -

2013-01-27

愛してるという言葉を初めて使ったような気がします。
恋と愛は違うのではと僕は思ってたりして、そしてそれが変化する瞬間がどこかしらにあるんじゃないかと。
そんな感じとはちょっとやっぱり違うんだけど、そんな類の話です。です。