少年が二人、公園で遊んでいた。十月末の寒い時期に人影は彼ら以外にはおらず、まるで貸切状態のような公園で、二人。子供は風の子、と外で遊ばせることを強要する親が減ってきているのもその原因なのかもしれないが、だんだんと古めかしさと寂寥感が増していく公園は、そのうち誰一人として近づかないのではないか、とそんなことさえ思わされる。 一人は水色の毛色をしている狼系統の獣人で、ところどころ黄色いメッシュが入っている。遠目から見ても目立つその鮮やかさは、この公園内において多少異質だった。その隣でブランコに乗っていたのは、茶色の兎系獣人だった。隣にいる狼に比べたら地味で目立たないような色合い。でもそれは見た目だけの話で、比較する意味もないような些細な話だった。けれど。 「ほんと、いつみても綺麗な水色してるよねえー」 「そう?俺は違和感だらけでしょーがないけどなぁ」 ある晴れ渡った空。それよりももっと鮮やかさを増した水色。そんな色を持つものはあまりいない。それもところどころ黄色、というある意味で特殊な毛並みなのである。 「うん、黄色がまた良い感じにね。おいしそうな」 「なんかそれおかしいよ、俺を食うつもりなのかい?」 的外れにもほどがある。けれどそんな会話が嫌いなわけじゃない。本人としては至って真面目にしゃべっているつもりらしいけれど。 「僕ももっときれいな色が良かったなー」 そっと自分の茶色い手を見て、言った。確かに水色に比べたら鮮やかさは劣る。 「嫌、なんだ?」 「そりゃーもっと青とかオレンジとか、そーいうのが良かったよ僕もさ」 外見も含めて、生まれ持った個性だ、と言ってしまえばそれまでだ。けれど、水色の少年は思った。別に色が綺麗だからって何がいいのだ、という話である。この世界は特にそういった差別があるわけでもない。黒だろうと黒に白が混じっていようと後ろ指を差されるわけでもない。 「俺は茶色はいいと思うけどなぁ」 「そう?」 「うん、俺の好きな色だし」 乗っていたブランコから降り、そろそろ良い時間だとばかりに一つ伸びをして。まだ乗っていた少年の方を振り向く。 「だから、そんなに悪いものじゃないと思うよ!」 そしてはじける空のような笑顔をみせた。 「で、だ。お前何してんの?」 学校帰りにちょっと買い物をしてから帰ろうと、世界は考えただけだった。そろそろ午前中授業も終わり、来週からは通常授業が始まる。つまり楽のは今だけなのである。それを考えれば多少憂鬱になるけれど、仕方のないことではある。 航輔を付き合わせるのも悪いと思って先帰ってろ、という旨は言っておいたのだが、さっきからやたらと携帯に着信が来ている。そんなわけで急いで歩いていたわけなのだが。 「何って言われたら……弾き語り?」 同じクラスのよくわからない生徒が商店街でウクレレ弾いてたらそれは足を止めても仕方がない。というより何やってるんだと疑問に思っても、それは仕方がない。 「ま、まあ見りゃわかるけどさあ……」 「それよりいいの?電話鳴ってるけど」 言われて初めて気が付いた。もはや誰からかかってきてるかなんて分かりきってるし、着信メロディの時点でわかるけれど。 『……おそい』 「んなこた言われなくたって分かってるからおとなしく待ってろ」 電話の向こう側で航輔は不機嫌そうな声を発していた。何時に帰る、と明確に約束したわけじゃなかったけど、航輔の中ではもう遅い部類に入るらしい。 『おーそーいー』 「お前は縛りの厳しい彼女か」 要求はストレートを通り越してもはやそれしか言わないときた。若干重たい愛情ではあるけれど、それはそれで嫌だとは別に思わない。 『性別以外大抵あってる』 否定しようとしないところは男らしいといえば男らしい。あんまり放っておくと面倒な事態になりかねないので、世界はさっさと帰ることに決めた。そもそも夕城のせいで多少時間を食ったのだった。 「おー、んじゃ今から帰るから待ってろ」 『はやくしろー』 そこで電話が切れた。これだったらメールでいいんじゃないかと思ったけれど。とりわけ理由があるわけではなさそうだ。 「なに、もう帰るの?」 「……そうしねーと面倒なことになりそうだし」 夕城と言えば何かの曲を弾いてるわけでもなく、練習のつもりか適当なコードを鳴らしていた。こんなところで弾くくらいならオリジナルでもいいから曲を弾けばいいのに、と適当な感想を抱いた。 「まぁまぁ、もうちょっとくらい聞いてきなよー」 「いや聞いてきなよも何もお前何も弾いてねーじゃんか」 帰る、という単語を出したにもかかわらず腕をつかんで引き留める夕城はなかなかにマイペースな性格をしていると思う世界。 「しょうがない、じゃあとっておきを弾くからあと一分!」 無理やり座らされてしまい、もう無理に帰るより一分くらい付き合った方がいいかもしれない、と諦めた。 「じゃあ、聴いて」 タイトルコールもなく、夕城はウクレレを鳴らし始めた。ウクレレで弾く曲と言えば、陽気な感じのメロディが使われているものだと世界の中では定義されていたのだが、耳から入ってくる旋律はその想像を裏切るものだった。 エモーショナル、という言葉がしっくりくる。なぜウクレレでそんな感じの曲を弾かなければならないのかと言われたら疑問ではあったものの、一応きちんと曲としては成り立っている。聴いたことがない曲だから恐らく自分で作ったのだろうが、一体どんな気持ちがこもっているのだろうか。 「……ありがと、それじゃね」 そしていつの間にか、演奏が終わっていた。意外なことに聞き入ってしまっていたのか、本当に気が付いたら終わっていた、という印象を世界は受けた。夕城の方はと言えば、さっさと片付けをしてさっさと帰っていた。 「……なんだったんだ、あいつ」 世界は不思議な気分に陥ったものの、航輔のことを思い出してそのまま、帰途についた。 「お前は俺を寂しさで殺す気か?」 「なんでお前はそれを大真面目に言うんだ?」 本当に元気が無さそうな顔してるから割と笑えない冗談ではある。実際今日世界が買いものをしていた時間なんて長いようで短いのである。恐らく冗談だろうけれど。航輔だったら案外悪ノリなのかもしれない。 「俺は何度も電話しただろーがよぉ」 「お前さ、そこはかとなくキャラ崩れてきてないか?」 春休みの頃はまだ格好つけてた気がするのに、もはやそれを取り繕う気もないようだ。むしろこれが素なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。世界としてはどちらでもいい話だった。 「そんなことより、明日から週末だぞ。どうする?」 まるで遠足間近の小学生のような声色だった。確かに明日から週末で嬉しいのは世界にだってわかる。ただ、遠足とかそういったイベントごとと同列に並ぶかと言われれば、疑問が残る。 「俺はとりあえずゆっくり寝るかなー」 それを言った瞬間に、ヘッドロックが世界の首に極まった。背後からの奇襲にさすがに対応しきれずに狼狽える。 「なんでお前はそこでそう盛り下がること言うんだ?」 「どこ行きたいとかお前言わなかっただろ!」 希望を言っただけにも関わらず、なぜ制裁を受けねばならないのか世界は理解に苦しみながら、航輔の腕から逃れようともがいたものの、結局それはかなわなかった。 「じゃあ俺とデートす、る、か?」 「分かった、分かったからもーやめろ!」 要求という名の脅迫に屈した世界はようやく自由を得た。実際のところそんなことだろうとは思っていたもののまさかその通りだったとは。行きたいならそう先に言えばいいのにという思いは心の奥底にしまっておくことにした。 「よし、土曜は昼飯どっかで食ってどっか行くか」 「ノープランなのかよお前!」 もはや昼を食べること以外何も決まってないといってもいい。あれだけ無理矢理土曜日の予定を押さえたと思ったら、とりあえず土曜一緒に出掛けたかったらしい。嬉しいのやら悲しいのやら、少し世界の気分は複雑だった。 「あれだ、行きたいところがあったら希望を聞くぞ」 「そこは融通聞かせてくれるのな」 「そうだな、お前と出かけたいだけだからな」 ついに当の本人もそう認めてしまっていた。言い訳されたとことろで嘘だとわかるから、それはそれでいいのだが。 「まぁそれは土曜日考えよーぜ」 「そうだな、まだ金曜日だしな」 午前中で学校が終わる生活も今日で終わり。世界が買いものをしていたせいで若干もう遅めな時間になりつつあるが、まだ午後三時をまわる直前だ。 「つってもなー、今日もお前と顔合わせて明日もお前と顔合わせるんだろ?」 「なんだ?嫌か?」 「そーいうわけじゃねーけども、週末だからって別に気取らなくてもいいんじゃね?」 どうせ平日とそこまで変わらないのだ、週末だからってわざわざどこかに出かけなくてもいいのである。 「そんなこと言ってお前出かけたくないだけだろ、それは許さんぞ」 あっさりと見抜かれてしまい、世界はやっぱり航輔には叶わないのだと思わされる。航輔は航輔で世界を連れ出したいだけなのだ、と世界も分かっていたのだが。 |
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2012-11-11
地味に進んでます。
そろそろ話が動いてきます。
とはいえまだ序盤ではありますが。