そこからは、村の全景が一望できた。鎌橋へとつながる二本の道があり、それに沿うように川が流れている。真正面には田園風景が広がっていて、集落はほぼ、左側にある。そんなこの村の全景。ここからも見えるということは世界の家からでも同じように見えることを意味する。少し下に家の屋根が見えた。 二人並んでベンチに座る。誰かが手入れをしているのか、意外と綺麗な状態を保っている。けれど、そんなことは割合どうでもいいことではあった。一体ここに何しに来たんだろ、と世界はデイバッグを抱きかかえつつ思う。 もとはと言えばここに来ようと言い出したのは航輔の提案である。何か話があるらしいけれど、それは一体なんだろう。もしかするとさっきの行動に関するものだろうか。それについてはあまり突っ込まれたくない話ではあるが、逆にそれ以外ないと言ってもいい。 「……で、何か話があるんだっけ?」 ぼんやりと座っている航輔に質問を投げた。もしかするとただなんとなくだったのかもしれないし、それだったらそれで構わない。 「ないと言えばないんだが、強いて言うならお前と二人で話すのは随分久しぶりな気がする、ってことくらいか」 結局そこまで話したいことがあったわけでもなく、ただ雑談をしたかっただけのようだ。どちらかといえばそっちの方が世界としては良かった。航輔あえて聞かないようにしてるんだろう、とはうすうす感じていたからだ。ついさっきまで自殺しようとしていた者に対して、『なぜそんなことをしようとしたのか』、と聞くこと自体ナンセンスだと思う。また傷をえぐることにもなりかねないし、世界としても、ただなんとなく死のうとしていた、などと航輔に言えるはずもない。だから、これでよかったのだ。胸の片隅に少しの違和感は残るけれど。 「俺、サシで話すこと事態珍しいしそんなもんだ。……ほれ、食うか?」 世界も、あえて自分からその話題には触れないことにした。もうしばらくはあんなようなことは考えないだろうし、何より航輔に見られた以上、きっと航輔が気を遣ってくるに違いないと思ったからである。誰にも迷惑を掛けずに死ぬならまだしも、説得までされてその上死を選ぶ、なんてことはしたくなかった。 そしてデイバッグから持ってきたタッパーを取り出す。中身は昨日暇だったから作った団子である。家が近いということもあり、この場所にはよく来ている。目的はだいたい月をみることなので、その時に食べようと思って時々作っていた。今日この時これを持ってきた理由は特にないのだが、強いて言うならおやつ代わり、と言ったところか。 「これ、お前が作ったのか?」 意外そうな顔をして、航輔は言う。そしてそっと、その中から一つをつまみ上げた。 「俺さ、よくここに月見に来るんだよ。これはそん時食うために作ったやつ」 縁側からでも十分綺麗に見えるのだが、村の風景と共に月を楽しむのならやはりこちらの方が良い。十五夜でなくとも月を見るのは楽しいし、好きだった。 「なかなか風流なことをしてるんだな」 そこまでの目的はないにしろ、月を見ながら何かを食べる、と考えた際にやはり団子がいいと思ったのは確かだった。十五夜にはそれをススキと共に飾ったりもする。 「まあ満月は綺麗に見えるからな。それならちょっとくらい手間かけて楽しもうと思っても悪くないだろ?」 深夜帯にもなれば、ほとんど明かりがなくなる。強いて言うなら、鎌橋からくる光が邪魔になったりもするが、月を観察するのならそこまで弊害はない。どちらにしても、星も綺麗に見える場所なのだ。たまに星空観察に人が訪れたりもする。 「ああ、悪くない。……今度俺も誘ってくれ、まだここから見たことないんだ」 村のどこから見ても満月は満月、だと思う。それに月は何も満月だけがすべてではない。が、この村で一番景色のいい場所はここなので、そこから見たいと思っても、不思議なことじゃない。 「いいぜ、もうじき満月だろうし」 今日は3月の20日。今の月齢から計算すれば、おそらく来月の初週には満月になる。誰かと月を見る、なんてしたことがないけれど、たまにはそういう楽しみ方もいいか、と思った。 「へえ、そうなのか」 「月みてろよ、もうじき上弦になるぞ」 上弦の月、満月、下弦の月、新月。これを一月単位で繰り返すのが月の満ち欠けである。だいたい一週間で半分欠けたり満ちたりするのである。もうすぐ上弦の月ということは、その一週間後くらいには満月になる計算だ。 「そうだな、最近俺、そういうのを見てないな」 空を見上げながら、航輔は言った。今はどこまでも続く空色が広がっているだけである。太陽の光が強すぎて、周りの星々がまったく見えない。月でさえ、その存在を確認するには苦労するくらい、空に溶け込んでしまうような時間帯である。 「ここの夜空は綺麗だからな。夜にふっと空を見るだけでも楽しいと思うぞ」 一等星はもちろんのこと、二等星三等星さえ目を凝らさなくても見えるような場所だ。これが都会なら惑星でさえ見えないことも多い。 「そうなんだろうな」 疲れたような航輔の言葉に、世界は首をかしげる。最近なにかあったのだろうか。最近と言うよりつい先刻に自分が起こした出来事を思い出し、少しだけ航輔に対して罪悪感を感じてしまった。 一体何をしているんだろう。ここまで航輔は当初の目的をまったくと言っていいほど果たせていなかった。けれど、ここまでくるとそれでよかったとも思えてくる。世界は至って普通だし、少し前に起きた出来事は出来の悪い白昼夢だったのではないだろうか。 少なくともそう思うことにすれば今、面倒なことになることはない。なぜあんなことをしようとしたのか航輔には予想もつかなかったが一つ言うなら、あれは本気だったということだ。航輔があの場に現れたのは全くの偶然で、あそこに行かなければどうなっていたのかはわからない。 あるいは航輔が止めに入らなくても何も起きなかったかもしれないし、そうでないかもしれない。過去の話を蒸し返すほど無意味なことは存在しないが、かと言って後悔せずにはいられない。あの時自分の判断がはたして正しかったのか、について。 「なあ、お前話聞いてる?」 そこでようやく我に返った。またつまらないことに思考が沈んでいたらしい。せっかく二人で話す機会だというのに、何をしているんだろう。今日はどこかおかしいのだろうか。それを言い出したらさっきからおかしなことだらけなのだが。 「あ、ああ、悪い。なんだ?」 話を聞いてなかったのは事実なので、ごまかすことはしない。けれどそれが世界には不満だったようで、口をとがらせながら言った。 「もーいい」 案外怒りやすい。この短時間の中で航輔が得た世界の性格。けどそれもすぐ収まる。ただ、解決を時間に任せているようでは、航輔もまだ未熟なのだろうが。 「……」 黙ってしまった世界に対して、どうしようか思案を始める。仕方がない。他に話題もみつからないことだし、聞いてみよう。 「お前さ、俺のことどう思ってる?」 「!?」 驚いたのかどうなのか、一瞬世界が固まったのがみてとれた。それは仕方ない。普通こんなタイミングで、それも世界に聞くような質問じゃない。 「……どう、って……幼馴染だろ?」 しどろもどろになりながら、それでも幼馴染と言ってくれた。実際のところ、いつ頃から世界と交流が始まったのかについて、もはや覚えてはいないのだが、小学生のころには普通に遊んでいた間柄だったと思う。 それなのに、いつからわからなくなってしまったんだろう。世界が死にたいほど何かに苦しんでる、つまりはそういうことなのだ。それに気づけるほどの距離感ではなかったことは認める。けれど、それだって……。と、そこまで考えたところでまたやめた。堂々巡りでしかない。結局止めることはできたんだから、今更悔やむことはないはずなのだ。 けれど。世界は本当に死にたがっていたのだろうか。本気でないからどう、という問題でもないのだが、団子を作り置きしていたりとそこまで死にたかったわけではなさそうだ。それでも死のうとしていた事実に変わりはないのだが。 「……ありがとう」 それでも、航輔のことを幼馴染だと評価してくれた世界には、救われた気分になる。何もできなかったのに。結果的に止まったとはいえ、それは世界自身がしたことで、航輔が何かしたのか、と思えば何もしてない、と言わざるを得なくなる。 「礼を言われるようなこと、なのか? というよりそもそも、質問がおかしくないか?」 「そのあたりは気にするな」 「なんで俺、倦怠期のカップルが言ってそうなこと聞かれたんだ?」 「俺に聞くな」 「じゃあ誰に聞きゃいいんだよ!」 航輔は今、とても楽しいと感じていた。とりわけなにかをするわけでもなく、世界ととりとめのない雑談を交わしているだけだ。それでもいつもより世界と距離が縮まったような、そんな気がして。だからこそ、航輔は思う。世界に二度とあんな真似をさせたくない、と。目の前でそれが行われかけていたからかもしれない。 ―――俺に出来ることは、まだある。 できないから諦めるのではなく、出来ることを探す、というほうが正しい。後悔して嘆くのではなく、また後悔しないために動く。それが、前向きに考えるということ。今の航輔は、前向きだった。 |
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2012-02-29
今までで一番書きにくかったよ!!!
なんでかって、読めばわかると思うけど一番内容が薄いんだ。
一回目書いた時はお茶についてのうんちくがあったり後半の話がもっと支離滅裂だったり大変だったんだから!
episode1における二人の関係性を示す、だけで簡単に一話分書けると思ったら大間違いだったでござるの巻。