episode02-2 集合時刻は午後一時

 3月23日、午後1時。この時間が何を意味するのかと言えば、2日前に約束した、航輔と世界と陸が三人で鎌橋に行く約束をした日である。そして午後一時と言うのは、村から鎌橋につながる道のわきに集合、とすることにした時間である。世界は布団の中で、時計の針が12と1を指しているのを見つめていた。
 最初は12時5分、だと思ったのだが、長い針が12を指している。ということは、これは1時だ。すなわち―――
 「なんだと!?」
 そんな馬鹿らしい声が出てしまうくらい驚愕の時間だった。まさかジャスト1時に目が覚めるとは思いもしない。一気に目が覚める。これはいろんな意味で不味い。せっかく一昨日に陸との気まずさは解消したというのに今度は別の意味で気まずくなってしまう。
 一気に布団を蹴り飛ばす。とりあえずさっさと畳んで部屋の隅に追いやり、着替えと身支度を急いで整える。久しぶりに鎌橋に行くということで昨日のうちにどんな服を着ていこうか考えておいたのはまだ不幸中の幸いだったか。
 携帯電話が暴れているのがわかるが、今構っている暇はない。電話にしろメールにしろ、対応してる時間の分だけ遅れていく。せめて今から行く、くらいは送っておくべきかと考えてそれだけは航輔に送っておき、急いで出かける準備をする。
 Tシャツの上からハーフジップの長袖シャツ、下はベージュのカーゴパンツ。紺のジャケットは腰に巻いて、必要なものをショルダーバッグに詰めて肩にかける。ただ、黒のブーツを履き終えた瞬間に携帯電話を畳んだ布団の上に放り出したままだったことを思いだしたのは誤算だった。
 「もうこの際置いてくか……やっぱだめだ」
 また脱いで履く、という至極面倒な作業を行って、家を飛び出す。久しぶりに乗る自転車は、随分と爽快だった。

 少し時はさかのぼり、午後一時の集合場所。本来なら三人いるはずの場所に、二人しかいないことについては、もはや言うまでもないだろう。
 「世界、やっぱり遅刻なのかなー……」
 半ばあきれたように言うのは森田陸。白と黒のまだら模様が特徴の猫系獣人だ。道の脇に自転車を止め、航輔と共に木陰で木に凭れている。
 「だろうな、電話しても出ないし」
 ダークブラウンのミリタリーブルゾンを羽織っている航輔も、携帯電話をチノパンのポケットにしまいながら言った。遅刻癖と言ってしまえばそれまでだが、あんまり許容するのもよくないのではないかと思う。
 「まさか寝てる、なんてことはないだろうけど」
 「そのまさか、が当たったら結構困るな」
 あり得ないことではない。もう一度電話してみようか、と思ったとき、ようやく今から出る、という趣旨のメールが届いた。
 「今から来るんだと」
 「やっぱり寝てたんだね」
 さすがの陸も苦笑いだった。
 「それで、今日はどうするの?」
 「俺はデパートに行って買い物、くらいにしか考えてなかったけど」
 遊ぶ、と言ってもそこまで大したことをするつもりではなかった。むしろ三人で話ができれば、くらいに考えていたからである。にもかかわらず鎌橋に行くのは、世界がゲームを買いたいだろう、と考えたからに他ならない。
 「いいね、僕もちょうど買いたいCDとかあったし」
 陸が賛同の意見を発した時だった。すごい勢いで自転車を漕いでくる人物を遠くに見つけた。ペダルが回る回数から察するに相当急いでいるのだろう。けれどもそれくらいしてもらわないと割に合わない。時刻は午後1時18分。世界が到着した時間である。
 どうやら家を出た瞬間からあんな調子だったらしく、二人のもとにたどり着いた時にはすでに息が切れていた。頑張ったと讃えるべきか遅かったと怒ってみるべきか。どうするべきか航輔には判断がつかなかった。
 「ご、ごめん……寝坊しちゃって!」
 手を合わせて謝る世界を見ると、しょうがないなと思ってしまう。何より悪意を感じないところが大きい。これがワザとだったらさすがに怒ってしまうのだろうが、そんなことはなさそうだ。
 「ま、しょうがないね。ドーナツでもおごってもらおうかな?」
 「……ぐ、しょうがない……」
 「お、マジか。まあそれは置いておくとして、さっさと行くぞ」
 いつまでもここで喋っていたら、せっかく鎌橋に行くことにした意味がない。というわけで三人は、鎌橋に向けて走り出した。
 海城村から鎌橋市へ向かう道は二つある。しかし鎌橋駅前につながる道を通る方が圧倒的に便利なので実質一つのようなものである。ただ、大型トラックなどの場合はもう一つの道を利用した方が道幅が広い。だが、そんな大型トラックが来るような事態はあまり存在しない。
 まず軽い上り坂がある。ここは舗装されていないため、雨の日などは一番危険なゾーンであるが、慣れるとそうでもなくなる。道の両脇に桜が植えられていて、満開になるとピンク色のトンネルが形成されるのでそれを見に来る人もいたりする。そこを抜けると舗装された道に出る。左に進めばもう一本の道につながっていて、右の坂を下りていくとそのまま鎌橋駅前に出る。ただ、真正面に見える景色はやっぱり都会で、海城村に住んでいるとやはりそちらのほうにどうしても惹かれてしまう。
 鎌橋駅前まで一本道で、かつ車もそこまで通らない。そこを三人は、自転車で一気に駆け下る。昼間は厚着をしていると暑く感じるくらいなのだが、ここで感じる向かい風のおかげでそこまで暑く感じなくなる。その代り帰り道で大変なことになるのだが、今はそれを語るにはあまりに忍びない。
 鎌橋駅前にたどり着くとそのまま駅を素通りし、高架下を通って線路の向こう側へ行く。デパートの位置は線路を挟んで反対側なのだ。けれど線路を超えてしまえばすぐにつく。
 「いやー、やっぱあっという間だねー」
 にこにこ笑いながら、陸は自転車を止める。続いて他の二人もやってきた。
 「俺は今から帰りが心配だよ……」
 「お前今からそんなこと考えててもしょうがないだろ。行くぞ」
 自転車の鍵を引っこ抜き、三人は聳え立つデパートの中へと入っていった。

 「んで、まずどこ行くんだよ」
 自動ドアを抜けると、イベントなどが行われているであろう広場があった。3階部分までの吹き抜けになっていて、開放感は随一だ。そこから歩き出す航輔や陸の後ろに従いながら、まずどうするのか聞いた。
 「そうだな、1階のCDショップだな。陸が行きたいと言っていたし」
 「わかったー」
 「CD、ねえ」
 思えば音楽と言うものにまったく、と言うほどでもないが無縁な生活を送っていたような気がする。音楽プレーヤーの類も持っていないくらいなのだ。持ってるCDと言えばよっぽど好きなゲームのサウンドトラックくらいなものである。今流行の曲などに至っては知らないというべきか。
 「世界はあんまり聴かないよね、そういうの」
 いつの間にか隣で歩いていた陸が言った。そういうの、が音楽全般を指しているなら間違ってない。唯一買うサントラだってそんなに聴くわけでもない。
 「まーなあ、あんまり聴こうって思わないっていうか」
 何かしらの作業中にBGMとしてかける用途が主だと思われるが、勉強中にも別にそれが必要だと感じなかった。その上去年を除けばそんなに勉強をしてない方なのでなおさらに。
 「好きなアーティストくらい探してみたらいいんじゃないかな?」
 「探すのが面倒だっての。これだっていうの勧めてくれよ」
 アーティストで音楽を聴く、というよりかは好きな曲を聴く方が好きである。だから、好きな曲を見つけてもそのアーティストのほかの曲を聴いてみようとは、思わない。
 そうこうしているうちにCDショップにたどり着く。1階の中でも比較的入口側に存在していたのでたどり着くまでが早かった。店に流れているであろうBGMをかき消すくらいにいろんな音が聞こえてくる。あまり入りたくないような場所ではある。
 「航輔は何か買うの?」
 「俺はレンタルで済ますことが多いからな」
 シングル一枚の単価は確かに安いかもしれないが、それが積み重なったりアルバムを買うとなるとどうしても買うことを躊躇うのは仕方のないことなのかもしれない。
 「僕も好きな曲が入ってないと買わないけどね。お金そんなに余裕ないし」
 そもそもCDを買うこと自体そんなに経験がない世界は黙って二人の会話を聞いていた。そもそもシングルが一枚どれくらいするのかも、あまり分かっていなかったりする。
 「試聴コーナー、ねえ」
 CDプレーヤーとヘッドホンがセットで設置されているコーナーがあった。新しく発売される曲とかが聴けるようになっているらしい。
 「聴いてきたらどうだ?」
 気づいたら航輔が背後に立っていた。
 「うーん……俺が聴いてもよくわかんねーし」
 「ま、ものはためしだろ?」
 そう言われてしぶしぶ……といった様子で聴いてみた世界だったが、どうやら大きくハズレを引かされたらしい。というのも音量調節がそもそもの段階で爆音だったせいである。おかげでヘッドホンを装着した段階で心臓が飛び跳ねたような気分だった。
 慌ててヘッドホンを外すと、また航輔が後ろに居たらしく、驚いた顔を見せていた。しかし音漏れをしていることに気付いたらしく、大体の事情も察してくれたらしい。そのままそっと、頭を撫でてくれた。それに世界は一瞬だけ驚いて、すぐに航輔の腕を掴んでから言った。
 「子ども扱いしてんじゃねーよ」
 

- continue -

2012-03-04

これと言って重要なシーンはないですな。
強いて言うなら台詞で終わるところが僕にしては珍しいってところ。
episode2は終盤が一番展開上では重要です。
その他は前座みたいなものなので気軽に読んでくれたらと思います。