「……悪いな」 実のところ航輔には、なぜあんなことをしたのかがわからなかった。なんとなく、と言ってしまえばそれまでだが、なんとなくで他人の頭を撫でるような人間性はどうなのだろう。外国だと頭を撫でること自体がタブーとされている場所すらあるのだ。 だから、世界の反応は至極普通なのだが……。なんとなく、ショックだった。これもなんとなく、航輔がそう思っているだけで実際は違うのかもしれない。世界がそれを受け入れてくれる、と無意識に勘違いしていた、とそういうことなのかもしれない。 なぜこんなに一々深く考えてしまうのか、理由は分からない。だけどさっきから、言い訳めいた思考があふれて止まらないのだ。まるでなにかから逃げるみたいに。けれど、それを止めたのは世界の放った言葉だった。 「こんなとこだと俺が恥ずかしいんだよ」 うつむきながら言った世界を見て。航輔は少し嬉しくなって。ついで一喜一憂の激しい自分に落ち込みながらも、今度は引きずることはなかった。今度は既にCDを購入したらしい陸が二人を見つけて近寄ってきた。 「二人とも何してたの?」 「……な、何も。なあ?」 「ちょっと試聴をしてたんだが気に入らなかったらしくてな」 二人のちぐはぐな答えに、陸は少し考えたのちに何か納得したらしい。 「うん、じゃあ行こっか」 くるりと半回転、出口へと歩き出す。二人もそれに従った。一体陸が何に納得したのかは謎のままだったが、深く突っ込まれないだけ助かったと思うべきか、それとも。 CDショップを出ると世界がなにやらきょろきょろと落ち着かないようにあたりを見渡していた。 「どうした?」 「あ、いや……ああいう警報装置ってさ、何もしてなくても鳴りそうで怖いんだよな」 言いつつ万引き防止用に設置された警報装置を指差す。 「何もしてないなら堂々としてればいいんだよ」 「陸の言うとおりだ、万引きしてるなら別だが」 「す、するわけねーだろ」 世界は狼狽えた。理由としてはむしろ世界の臆病さが垣間見えるような発言だ。世界に万引きをする度胸があるともそもそも思えない。 「んじゃまー、気分転換のためにゲーム買いに行く?」 「そーだな、それでいいか?」 「……あ、うん。そーだな」 何か考えていたらしい世界は、半ば反射的に答えていた。そのままゲームを買うために2階へ向かう。航輔はゲームをあまりする方ではない。よく話題に聞く作品を一つや二つやった程度である。そのせいか今度は航輔の方がそこまで興味を持っていなかった。興味がないと言うよりは、やるための時間がないだけなのだが。 「RPGか」 世界の持っているパッケージをひょいと取って眺めてみる。ファンタジーな世界観が描かれてる表面と、戦闘システムについて書かれた裏面。タイトルを見てもよくわからない。 「まーな。やるなら大体RPGだな。パズルゲーとか格ゲーは苦手だし」 「へえ、ゲーム全般やるもんだと思ってた」 「あー、これ今日発売のやつ?」 陸が会話に割り込んできて、それから二人はキャラがどうのシナリオがどうのと言った会話をし始めた。いかんせんこういう話題だと航輔は割り込みようもない。陸が嫌いなわけではない。嫉妬、と言うほど重くはないものの面白くないのは認めたくないが、事実だった。 「おい、航輔?」 また妙なことを考え込んでいたらしい。変な顔をしてなければ、いいのだが。そう思った航輔にかけられた言葉は、予想外のものだった。 「行くぞー」 まだ会計をしてないのにちょいちょいと航輔の服を、世界が引っ張っていた。まるでついてこいと言わんばかりに。 「お、おう」 なんだかよくわからないうちに航輔も世界に連れられて歩き出した。陸はどうやら別のゲームを見に行ったらしくいなくなっていた。 そして世界はそそくさと会計を済ませると出口付近で陸を待つ。陸がどこかに行ってしまったからかもしれないし、そうでないのかもしれない。今のところはどっちでもいい、そう思うことにした。 「もー、買ったならそう言ってよね。待った?」 それからすぐに陸も合流し、そのまま次は本屋に行くことになった。これは航輔の希望である。また雑誌を買い足そうと思ったからだ。そこから3階へ向かう。 そこから世界と陸はまたゲーム談義に花を咲かせ始め、航輔は二人を先導するような形で歩く。さっきと似たような状況になったものの、今度は特に何も感じなかった。理由は言わずもがな、だろう。 「なあ、ゲームの攻略本とかも売ってるのか?」 「あ、ああ、多分……」 今から行く本屋は恐らく、鎌橋で一番大きな本屋だ。だからゲームの攻略本の類も売っていると思われる。思われる、というのは航輔がそういうものを買ったことがないからだ。趣味は雑誌の購読。それが航輔の趣味。ジャンルは何でも。主に暇つぶしの意味合いが強い。 理由は特になかったように思う。初めは父親が何の気なしに見ていたファッション系の雑誌だった。普段からいい加減という言葉を体現するようなあの父が、そういったものに興味を持つことが珍しかったのかもしれない。もっとも当人は本当に興味がなかったらしく、あっという間に読むのはやめてしまっていたのだが、購読は前払いで済ませてあったらしくその後一年の間、毎月一回家に届けられていた。 それを読んでいることが、一番の暇つぶしだった。両親は時々家に帰らない。そういう時の寂しさを紛らわすためには月に一回届くだけの雑誌じゃ飽き足らず、ほかの雑誌を買い求めるようになっていた。気づけばジャンルを問わず、雑誌、というくくりのみで買うようになっていた。それに比例して日常生活において不必要であると言わざるを得ない知識を得ているわけだが。 とにかくそんなわけで、このデパートの本屋は航輔がよく来る場所だ。新たに創刊した雑誌や、まだ購読をしてない雑誌を見繕ったりしたりするのが目的だ。そういうところに行く理由は雑誌のコーナーを見るためであり、ほかのコーナーにはほとんど行かないのである。 けれど最終的に、航輔は何も買わなかった。いつも通り、特に興味をひかれるものはなかったからである。入り口付近で別れた二人と合流しようと、雑誌コーナーから出た。 しかし、世界はゲームの攻略本のある場所にはいなかった。ほかにおいてある場所に心当たりはない。となるといったいどこだろう。そう思いつつ、あと陸とも合流しようと思い歩く。まさかと思い小説のコーナーへ行ってみたが、空振りだった。 「どこ行ったんだ、あいつ」 まさか暇だからってどっか行ってないだろうな、と趣味という看板が掛けてあるコーナーに足を踏み入れると、そこに世界がいた。いったい何の本を読んでいるんだ、と思っていたら。 それは料理のレシピ本だった。なぜか熱心に読んでいた。適当にうろついてたら見つけたのかもしれない。とりあえず声をかけることにした。 「何を読んでるんだ?」 その瞬間だった。いきなり読んでいた本を閉じ、そのまま積まれていた本の上に置く。この間一秒程度だっただろうか。航輔は面食らってしまった。 「な、なにも!」 何も、とは言うがさっきまで本を読んでいたことは航輔もわかっている。ちなみにどんな本なのかもわかっていたがここでそれを言ってしまえば余計自体がこじれる気がした。 「それじゃ、陸を探して出るか」 「あれ、お前何も買ってないの?」 「面白そうなの、なかったしな」 そしてそこから漫画コーナーにいた陸と合流し、本屋を後にする。 「んじゃあ次は、なんか食べに行くか」 「そうだね、ちょっとおなか空いたし」 「……そういや、俺のおごりだっけ……」 「い、いや、そういうつもりじゃ」 ため息をつく世界を見て、航輔はなだめるように言った。いくら遅刻したとはいえそこまでさせようとは航輔も、陸も思っていなかった。 「うん、いいよ別に」 「でも遅刻したしなあ……。ミスドくらいならおごるよ」 1階にあるフードコートに行くことになった。航輔としては少しいたたまれない気分だった。確かに世界が遅刻をしたのが悪いとはいえ、そこまで気を遣わせるのはどうだろう、と思ったのだった。けれど、そんなことでいちいち気に病んでいても仕方のないことだ。 とにかく三人は1階まで移動した。世界が買ってくると言ったので、航輔と陸は二人で席を探し、待つことにした。 「最近、世界楽しそうだよね」 そこで陸が、そんなことを言い出したのだった。 「……そうか?」 そうだと言われればそうだと思えるし、そうでないと思ってしまうとそうでない気もする。あくまで航輔には普通にふるまっているようにしか見えなかった。 「まーね、前なんて『めんどい』で断ることもあったのにさ。今回は世界から電話かけてきたりして」 陸は笑いながら言った。それがよほどうれしかったのだろう、と航輔にもわかった。 ただ。航輔は思う。世界がもし陸の言うとおり楽しいと思っているんだとして。自分はどうなのだろう。世界を誘って連れ出して、自分は楽しめているのだろうか。そうでなければ、意味がない。最終的に世界に気を遣わせてしまうようでは、まったく意味がない。そこのところどうなのだろうか、と航輔は考え始めていた。 今にして思えば、それが世界と航輔が最初に経験するであろう衝突の、きっかけだったのかもしれない。 |
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2012-03-06
まあドーナツドーナツ言ってますがミスド行ってます。
航輔と世界の関係は一筋縄ではいかないようです。
もっと単純な関係だったはずなんだけどな。
建前と本音がねじれてるようなそんな気がしてきた。
でもまあ、そっちのほうがリアルといえばリアル。