episode04-2 夏空の彼方・後編

 夏の日は、とにかく太陽の存在が大きい。普通に外を歩いているだけで、じりじりと焼け付くように太陽が照らしてくる。けれど毎日楽しそうに走り回る子供たちに、それは関係ない。そんな中でも少年二人は、平然と走っていく。まるで暑さなんて、感じていないように。
 「ねー、もうみんないるかなー?」
 「いなきゃいないで問題ねーよ!」
 そんなやりとりをしながら、二人は川へと向かう。世界はなんだかとても楽しそうだ。今のところ誰が来るかもわかっていない、何をするかも決めていない。それなのに。なんでだろ、と航輔は思った。けれど、それは今の航輔にはわからないであろう話なので、考えていても仕方のないことだ。
 やがて二人は海城村を流れる唯一の川にたどり着く。この川にも名前がついているらしいが、二人にはまだ難しい漢字が使われているので読めなかった。何より名前がわからなくても川、と言えばここを指すことは、暗黙の了解みたいなものになっていた。
 太陽の光は水面でキラキラと反射していて、とても綺麗だった。水も川の底まで見えるくらい透き通っていて、飲めるくらいの水が流れている。さっそく、サンダル履きのまま世界は川に一歩足を踏み入れた。冷たい水は、それだけで全身に感じる夏の暑さを融和してくれるかのようだった。
 そのまま世界は岸にあった大きな石に腰掛ける。まだみんなが来ていない。それなのに川に入るというのも、いささか先走りが過ぎる。
 「航輔もこっちこいよ、冷たいぜえ」
 小さい石が敷き詰められた川辺に立っていたら、世界に呼びかけられたのでそれに従う。ひんやりとした感触が足を包んだ。
 「あ、気持ちいい」
 「だろ?」
 自分の成果でもないのに、世界は得意げだった。
 「……ねー、世界くん」
 「?」
 「どうやったら、自信持てるようになると思う?」
 自信がない。それはすべてにおいて言えることだった。自分でそういったことの改善を行おうとしてこなかったことについては、認めるけれど。この年齢でそんなことを考えつくまでに至らなかったことは責めても仕方がない。
 「自信、ねー」
 あまり世界は真剣な質問だととらえなかったらしい。ちょっとだけ空を見上げて、考えて。そして何か思いついたらしい。
 「えらそーに喋ったらどーだ?」
 「え?」
 「あのしゃべり方、なーんか自信満々!みたいな感じしね?」
 いっていることは滅茶苦茶だ。けれど航輔はたしかに、それも一理あると思った。いや、世界にそう思わされてしまった。  「そ、そうなの……かな?」
 「そーだってそーだって、それ定着したら結構自信持てる気がするぞ俺」
 こうして。航輔のちょっと偉そうな口調は定着してしまった。一度それは不味いんじゃないのか、と思っていた時期もあったけれど、ついた癖は抜くことができずにこの先歩いていく羽目になっていくのだが。でも、このときは確かに、世界の言葉に救われたような気がしていた。
 何をしてもうまくいかない。それはある意味で語弊だ。うまくいったこともあるのに、無視しているに過ぎない。けれど、本人は何をやってもうまくいかないと思い込んでいた。そしてそれを、自信がないせいだと思い込んでいた。それは正しいけど、正しくない答え。
 けれどそのうちに、それに見合う努力をきちんとしていなかった、ということに気が付くのだが、それはまた別の話になる。
 「そ、そーか……。うん、頑張ってみる!」
 「んじゃまあとりあえず呼び捨てにするとこから始めようぜ」
 「え?」
 「だって呼び捨てのがえらそーじゃん」
 君付け以外で人の名前を呼んだことのない航輔には酷な話だった。けれど、それで自分が変わるというのなら勇気を出してみてもいいかもしれない。あまり正しいとは思えないけれど、確かにそれは航輔に変化をもたらす出来事の、始まりだった。
 「じゃ、じゃあ……世界、って呼ぶね」
 「そんな口調にしようがしまいが呼び捨てで良かったけどな」
 「……え?」
 「なんでもねーよ」
 二人で会話をしていたのはそこまでで、次々と子供たちが河原に集まってきた。二人の会話も中断されてしまい、航輔はこれ以上追及できなくなってしまった。
 問題は夕方まで遊んで、解散寸前になってからだった。とはいえそれに気が付いたのは航輔だけなのだが、世界がいつの間にかいなくなっていた。適当に集まって適当に解散するのが常だから、誰かいなくなってても帰ったのだと思い口に出すことがないか、そもそも気が付かない。
 川で溺れた可能性はない。なぜなら世界の荷物もなくなっていたから。きっとほかの子供たちも、途中で体調が悪くなったから帰ったんだろう、と思っているようだった。
 けれど。航輔はちょっと違和感があった。世界は今まで、一度も無断で帰ったことはない。それはあの日以来、という意味でもあるのだが、それにしても誰かに何か言っていてもおかしくないだろう。それすらしないってことはなにかがあったのだろうか。
 覚えている限りでは、世界はずーっと楽しそうに水際で遊んでいたくらいしか記憶にない。だから、途中で詰まらなくなって帰った、ということもなさそうだ。あれで実は楽しくなかったのだ、と言われたら世界の演技力は凄まじいと言わざるを得ない。それくらい楽しそうにしているのだ。
 誰かがじゃーなー、と言って河原から引き揚げたのを皮切りに、一人、また一人と帰途に着く。そして残ったのは航輔だけだった。どうしよう、と一人考える。もしかしたら家に帰っているかもしれないし、そうでないかもしれない。それを確かめるために、一度世界の家に行ってみようか。
 今日は二人とも夜の8時くらいまでは帰ってこない。となれば、少しくらい帰るのが遅くなっても問題はない。
 少年は、決意した。
 そして、世界の家には誰もいなかった。もとより航輔は、今までこの家に世界以外の人物の存在を認識したことがなかった。それが何を意味するのかを考えるようになるまで、もう少し時間がかかるのだが、その話は別にして。
 航輔は、走る。村のどこにいるともわからない、少年を探して。それは別に、航輔がすべき行動ではない。けれど、世界を探さなければいけない、という義務感は確かに存在していた。何かよくわからない感情に突き動かされていた。
 もしかしたら森に行って、迷子になっているかもしれない。そうなってはもう航輔ではお手上げになる。けれど、まだそうでない可能性もある。どちらにしても、何もしないよりはマシなはずだ。
 そして、少年は探し人を見つける。森の入り口の木に、凭れかかって眠っていた。なんだ、とそこで一気に力が抜けた。昼寝をする場所を、彼は探していたらしい。
 「ねえ、起きてよ、世界」
 肩を揺らすと、世界はあっさりと起きた。いままで眠っていたにしては、やけにあっさりと目が覚めた。
 「……ん、あれ、航輔……?」
 「もう、昼寝したかったならせめてそういってよね」
 「あー、悪い悪い、心配かけたな」
 そういうと、世界は笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。そして隣で座りこんでいた航輔に、手を差し伸べる。
 「じゃあ、帰るか!」
 その瞬間も、世界は楽しそうだった。まるでまだ、夏祭りで最後にまだ花火の打ち上げが残っている状況みたいに。まだまだこれから、楽しいことがあると信じてるみたいに。あの人気のない家に帰ってなおまだ、自分を待っている何かがある、とそう信じているかのようだった。
 「ねえ、世界」
 「ん?」
 差し伸べられた手を握り返しながら、航輔は問いかける。聞きたいことは、決まっていた。
 「なんで、そんなにいつも、楽しそうにしてられるの?」
 いつも楽しそうなことだけじゃないって、航輔にもわかっている。楽しい時間だって、いつか終わりを告げる時が来るって、わかってる。だったら、なんでその終わりが来るこの時にまで、楽しそうにしてられるのか。
 「さあ、なんでだろうな」
 そして一瞬考えて。
 「お前が一緒だからじゃね?」
 その瞬間に世界が浮かべていた表情は、何より航輔の記憶に焼き付いていた。
 と、そこで航輔は昔話を思い出していた自分に気が付く。あの時の世界の顔は、とても幸せそうで、確かに航輔だけに、笑いかけていた。それがいつどうやって失われたのか想像することは出来ないけれど、航輔には一つだけ納得できることがあった。
 それは、今まで世界を気にかけてきた理由でもあり、この間まで自分を悩ませてきたことに関するひとつの答えでもあり。世界の一挙手一投足をついつい目で追ってしまったり、いちいち考えさせられたり。ほかの人に対しては考えられないようなことが世界では起きる原因だったり。
 世界の言葉で航輔自身の気持ちが落ち込んだり、明るくなったり、そんな変化をもたらすカンフル剤。それはまぎれもなく、そういうことだった。今、それを完全に理解した。ちょっと信じられない現実ではあったけれど、そうであるなら納得できる。むしろそれなら仕方ないと思える。
 自分の部屋に向かい、そして部屋のドアノブに手をかける。その時ぽつりと漏らした独り言は、さすがの奏でも聞き取れなかった。でもそれが、まぎれもなく航輔自身の気持ちであり、世界に対する気持ちでもある。
 「ああ、俺……世界が好きなんだ」
 

- continue -

2012-03-20

ついに自分の気持ちをはっきりと確認したってことで。
これから二人がどうなるのかってわかりきっているけれど!
僕はそれでも最後まで書きます!