episode04-3 悪夢の蜃気楼

 そしてまた、松木島世界は陽炎の海に立っていた。見つからないものをいくら探しても無駄だ、とさえ思うものの、なぜかこの夢ではそれを探さなくてはならないらしい。いくらそれが大事なものだ、と思ったとしても、肝心のモチベーションが上がらないことには、何の意味もなさない。
 けれど、最近はようやく前向きにとらえることができそうだった。心のどこかで見つかると思うことができるようになった。それは心境の変化があったからかもしれない。けれど、見つからないという現実に変化はない。どうしてそんな気がするのかは、世界にとっても不思議だった。
 黒い海は、浅い。けれど、海の底までは見えない。濁っているというより、黒いからだ。もしそれが黒い海に沈んでいるのだとしたら、探しようがない。
 どこまでも広がっているように見えるのは、幻なのか。陽炎なのか。それとも、蜃気楼なのだろうか。この場所において何一つ、わかることなど存在しない。わかっているのはこの海に何か、大事なものを忘れてきたということだけだ。
 大事なもの。それがどんなものだったのかはわからない。けれどとても大事なものだったと思う。よくあることだ、物事の本質が見えてなくて、表面上だけにこだわってしまうのは。こだわった挙句に未練が残って、きっと今この場にいるんだろう。
 きっと多分、そのなくしたものの正体を思い出さなければ見つからないだろう。いや、探しようがないと言ったほうが適切なのかもしれない。それがどんな形をしているのか、どんな想いが込められているのか、そしてどれほど自分にとって、大切だったのか。
 その場で考えてみる。自分にとって、大切なもの。そんなものがあったのだろうか。過去を振り返ってみても、大して重要なことはないようにも思える。けれど、世界は重要な事実を見落としていた。
 物事は一つの判断基準では判断しきれないこともある、ということだ。たとえば善悪。他人の物を盗むことは犯罪だ。けれど、その他人の持っていたカバンには、自殺するための毒薬が入っていることだってあるかもしれない。それをいらないお節介と糾弾したり、偽善者だと罵ることは簡単だ。けれど、それを悪だと一方的に断罪することは出来なくなる。中にはその行動を称賛する者もあらわれるだろう。
 要するに、今現在世界が持っている価値観で過去の出来事を振り返ったとして何もなかったとしても、それは別に不思議なことじゃない。自分がその時に持っていた価値観で見てこそ重大さがわかることもある。それこそが、この海で世界が見つけなければならないもの。
 こう言ってしまえば無理難題のように思えるし、実際のところノーヒントで見つけ出すのは難しい。この海の存在意義は、なくしてしまった大事なものを、世界にまた見つけさせるために存在している。その原理はわからない。本能的に失うべきではないことだと認識しているがための出来事なのだろうか。
 「!?」
 かすかに光ったのは、いったい何なのだろう。もしかしたら、その大事なもの、につながるヒントなのかもしれない。そう直感したら、確かめたくなる気持ちを抑えきれなくなる。少し足を取られながらも前に進み続け、見つけたものは、真珠のような玉だった。それをすくい上げると、なにかが映っていた。
 なんだろう、と覗き込んだ瞬間だった。例の如く、手を貫く謎の黒い何か。ここがもし世界の夢の中だとするなら、それをいちいち妨害する理由はなんなのだろう。それは世界にすらわからない。そしてまた、何も思い出すことも気づくことも、判明することもなく、意識が闇に沈んでいった。
 そして、相変わらずの目覚めに世界はため息をついた。起きたらいつも通り自分の家の、自分の部屋。部屋に入り込む太陽の光から、今が昼過ぎだと理解する。途中で目覚めなかっただけ僥倖、というところなのか、それとも悪夢を見たこと自体を呪うべきなのか。
 寝起き特有のぼーっとした思考の中、世界は思う。こんな夢はもうたくさんだ。けれど夢をコントロールする術があるとは思えない。仮にあったとしても世界は信用しないだろう。どちらにしろ、八方ふさがりだった。
 誰かに相談するということも考えたが、変な夢を見るので夜に眠れない、なんて、子供が寝れなくて泣きついているみたいで、どうも嫌だ。
 でも。もうどうしようもないなら、せめて誰かに話を聞くくらいはしてもらいたい。正直に言うと病院に行くほど追いつめられてるわけでもないし、言葉として形にすることでちょっとは気分が楽になれば、と考えた。そして、その相手をどうするか、と考えたところで。
 真っ先に出てきたのは、赤い髪の毛の竜人だった。御堂航輔、幼馴染。最悪でも馬鹿にはしないだろう、という世界の予想だった。笑い飛ばしてくれるならそれはそれで構わないし、真剣に聞いてくれるならそれはそれでいい。ただどう切り出すかくらいだ。
 そんなことは考えていても始まらない。長い時間をかけて考えれば考えるだけ気の利いた挨拶ができるようなわけじゃないし、電話口で真っ白になって何も言えなくなってしまうのがオチである。
 それならもうぶっつけ本番にしたほうが楽だ。というわけで、さっそく電話をかける。と、発信ボタンを押したところで航輔の都合を完全に無視していたことに気が付いた。今更引くにも引けなくなり、そのまま出るのを待つ。いざとなれば後でかけ直すことにすればいい。
 案外あっさりと、相手は出た。
 『も、もしもし!』
 やたら大きな声だったので、思わず電話を耳から離してしまった。世界はむしろ、携帯の音量設定を間違えたかと訝しんだが、ここ最近携帯電話の設定は全くいじってなかったので最終的に航輔の声がデカすぎるのが原因だと結論付けた。
 「……ずいぶんはりきってんな、ところで今時間あるか?」
 ないならないで都合のよさそうな時間を聞いてまた掛けよう、と考えての発言だった。いくら相手が航輔といえど都合というものはある。
 『あるぞ、うん、目いっぱい』
 「じゃあちょっと、話そうぜ」
 『何かあったのか?』
 そこで声のトーンが変わった。どうやら何かを察したらしい。今の一言で何をどう察したかはわからない。けれどおおむねその予想は正しいだろう。
 「そーだなー、何かあったっつーか」
 今まさに怖い夢見てとっても嫌な気分、なのだがどストレートにそれを言うのは躊躇われた。子供じゃないんだし、という考えともう誰かに話を聞いてほしいと電話を掛けた時点で意味がない、という二通りの考えが浮かんだ。後者の方が、説得力はあるような気がした。
 『どんな感じの話だ?』
 「おおむね夜の話」
 むしろ朝方というほうが正しいのだろうけれど。夢の話、なんて言ったらもう結末まで読まれるだろう。良い夢見て電話するなんてどういう仲なんだという話だ。それも悪くないのかも、しれないけれど。
 『寝不足なのか?ちょっと納得のいく話ではあるが』
 「お前後で覚えとけ。……そんなところだ」
 松木島世界の身長はまだ140に届いていない。これは成長期に入らないせいであり、決して睡眠不足がたたっているわけではない。そもそも寝る子は育つという話自体信ぴょう性が疑われる。……と、世界はそう頑なに信じている。
 『それならまあ、早寝しろと言うべきだろうけど。そんな単純な話なら電話はしてこないだろうな』
 後半はまるで独り言のようだった。そもそも早寝すれば解決するようなら電話なんてしない、とはまさに航輔の言うとおりだ。けれどまだそれを実践したことがないことに関しては何も言えないのだが。
 「まーな。……変な夢、みるんだ」
 『夢?』
 ついに話は核心へと向かう。夢にしては現実味が大きいようで、現実にしてはあまりに空想世界と言わざるを得ない。けれどあれは間違いなく夢であり、そして世界を苦しめている現実がある。夢で見た内容をいちいち気にすること自体神経質になっている証なのかもしれないが、内容が内容である以上はそうなっても仕方ない。
 「そう、悪夢。ここんとこ最近、毎日だ」
 『悪夢、ねえ』
 毎日じゃなくて、時々見る程度なら、また話は変わっていただろう。たまに見る変な夢、程度の認識しか持たなかったかもしれないし、そもそも覚えることすらなかったかもしれない。無意識の中で片づけれる程度、になっていた可能性はある。
 「どうしようもねーよな、でも最近はうんざりなんだよ」
 あの目覚めの悪さはどうしようもない。せめて寝る前にいい夢を見れるように願う程度だ。それも結局、意味のないことなわけで。こうしてせめて誰かに愚痴として聞いてもらうくらいが、本当に精一杯だ。ほかの誰かが世界の夢に干渉することなんて、できはしない。
 けれど、今回は事情が少し違う。相談した相手が何を隠そう、航輔なのだ。世界はいまだに知らない、けれど世界に向けた特別な想いを持っている、竜人。そんな彼が世界に対してしてやれることというのは、なにも電話越しで話を聞くだけではないのだ。
 『……よし、わかった』
 それは、世界の言葉の後だった。数秒の沈黙の後に、なにか意を決しているような、そんな声で航輔は言う。
 『今日、お前の家に泊まる』
 その発言を理解するために世界が必要とした時間は、長いようで短かった。

 

- continue -

2012-03-22

なんか僕の思想が出てる感じがしますねー。
なんかいやーな感じですねー。
いろいろと本文中に書いてないけど分かることもあるように書いたのでちょっと今までのを読み直してみるといいかも?