episode04-4 松木島家の晩御飯

 いいたいことは分からないでもない。要するに一緒に寝てやるよ、というそんな意思表示だ。なかなか寝付けない子供を隣であやすような、そんな感じ。けれど今の世界にそれが必要なのかは、少しだけ疑問に思った。というより、それは親の仕事であって幼馴染の仕事ではない。
 そこでまあいいや、と思ってしまう世界も多少おかしな部類に入るだろう。だが生来の彼の性格としてめんどくさがり屋、というフレーズがあげられる。どうにも押し切られると弱いのである。だから、電話を切った後も深く考えることはしなかった。
 こんな時につい頼ってしまうようになってしまったのは、いつからだろう。言うまでもなく最近のことだ。昔はむしろ頼られる側だった節があるし、その後は少し薄くなったような関係性が続いていた。
 それだから、だろう。誰かが家に泊まりに来てくれるなんてことが、久しぶりだと感じるのは。前回誰かが止まりに来てくれたのは、いつだっただろう。覚えていないくらいには昔だったのだろうか。そのせいなのか、なんだかちょっと、浮ついているような気分だ。
 今は昼過ぎ。夕方にはくると言っていたので、晩ごはんは出してやらねばならない。世界から頼んだことなので、当然と言えば当然。けれど、何を出すにしても今松木島家にそういった代物はほぼ存在していないと言ってもいい。食料がないのだ。そもそもそういうものを蓄えたりする概念が欠如していると言ってもいい。
 とにかく、世界自身の昼ごはんを含めて鎌橋に買い出しに行かなければならない。二時間程度で帰って、そこから作るにしろなんにしろ、航輔が来るまでには間に合うはずだ。
 そこから世界は行動を開始した。

 航輔は電話を切った後も、どうしてあんなことを言ったのだろうと考えていた。確かにそう提案したかったのは山々だったのだが、それは航輔自身の都合でしかない。つまるところ、世界の意向は完全に無視だ。要するに自分でどうしたいか言う前に、世界がどうしたいのかを聞いておくべきだった。
 一方的な要求でしかない。自分の気持ちに答えは出たから、そこまで焦らなくてもいいのに。でも、世界は断らなかった。断れなかっただけかもしれないが、それでもマシなのは変わりない。
 けれど、一つ大きな問題がある。世界に告白を仮にしたとして、そもそも聞き入れてくれるかどうかの確証がないことだ。気持ちは分かる。いきなり同性に告白なんてされても困るだけだろう。世界の場合、異性だったとしても戸惑うかもしれない。
 航輔としては幼馴染の間柄を保っていられるならそれはそれで構わないと思っていた。下手なことを言って関係を壊すよりはずっと。だから、さっきみたいな発言をしてしまったことは後悔のたねになってしまう。
 どうもどこかで世界との距離をもっと縮めたいと思っている節がある。あの自殺未遂が起きた日から、今までずっと。考えより先に行動してしまうこともあれば、先入観に凝り固まった挙句に行動が遅れる、なんてこともある。つまるところ告白して付き合うところまで行きたいと、どこかで感じているのだ。
 多分その想いは昔からずっと持っていたもので。友愛が恋愛に変わったものなんだろうけど。気づいてしまった以上はもう、目をそらせない。
 だけどそれは世界が航輔を受け入れてくれる前提の話だ。いくら昔からの付き合いとはいえ、今以上の関係を望むのは酷な話だ。
 けれど、今の航輔がいるのは世界がいたからであり、たぶん、今の世界がいるのも航輔がいたからだ。共依存という考え方に近いのかもしれないが、今の航輔に世界の気持ちを知ることはできない。直接聞くことさえ、ままならないのだから難しい。
 自分で勝手に作ってしまった流れとはいえ、今日の夕方には世界の家に行って泊るのだ。いつぶりだろうか、世界の家に泊まるのは。しかも今回は二人きりなのである。てっきりそこはかとなく警戒されるかと思ったけれど、簡単にあっさりと受け入れてくれた。そこは幼馴染という立場がうまく働いていたのだろう。
 奏に入学関連の書類を渡して若干説明しなければならないこともあるので、奏が帰ってくるまで航輔は家にいないといけない。それまで、泊まりに行くための準備を進めることにした。おそらく夕方までには帰ってくるだろう、とそう思いつつ、けれど内心逸る心抑えつつ。
 航輔が家を出ることができたのは、太陽がとっくに沈んでしまってからだった。たまに設置されているおかげでどうにか道が存在していることが確認できるものの、やはり夜に自転車で村を徘徊するのはよくないことだ。実際歩いて行きなよ、と奏に言われていた。
 それでもこんな遅くになると思わなかった。奏がちょっと残業をしていたらしく、一時間ほど遅れて帰ってきたのだ。慌てて世界と約束してる旨を説明すると、書類に関しては明日でいいから行っていいよ、と言われたためまだ早い方だったりするけれど。
 途中焦りを通り越して怒りさえ覚え始めていた航輔は、平謝りされたことでようやく落ち着いた。世界のこととなると感情をうまくコントロールできなくなる。前々からそんな予兆はあったけれど、原因が分かった今となってはそれもまた仕方がない、と考えるようになっていた。
 そして午後7時手前。ようやく世界の家に着いた。待ち望んでいたこととはいえど、目前まで来るとやはりなんだか、緩くではあるものの緊張はする。ただ友達の家に泊まりにきたにしては、あり得ないような感覚だった。今のところ、の関係で言うなら、の話なのだが。
 とはいえここで立ち往生してても意味がない。というわけで、さっそく玄関の扉を引く。玄関チャイムは鳴らさない。あくまでそういう習慣が根強いのである。
 「お邪魔しまーす……」
 とりあえず家に上がる。リビングのほうにどうやら世界はいるようだ。そっちの方へ行くと、なんと。
 「お、おせーぞお前。言い出しっぺのくせに」
 エプロン装備で世界がなんかやっていた。なんか、と言ったもののすることなんて一つしかない。あまり使われているのを見たことのないシステムキッチンに立っていた。
 とりあえず、後ろから抱きつきたい衝動に駆られたのをどうにか鎮静化させるところから始める。いきなりそんなことしたらドン引きされるのもいいとこだ。けれど、それくらいの衝撃があったことは事実。何と表現するべきか、普通に可愛いと思った。もちろん本人にそんなことは言わない。
 「わ、悪い……な」
 「そーだ、聞くの忘れてたけどお前晩飯食ってきた?」
 「い、いや……」
 せめて一緒に食べたかったから、は心の中で付け加えた。さっきからあまりに欲望丸出しのような気がして、少しは自制することにした。でなければ間違いなく軽蔑される。それが嫌だった。
 「良かったー、これで食べてきたって言われたらどうしようかと」
 嬉しそうに、航輔に笑いかけた。これは何かの試練なのではないだろうか、と航輔は頭を抱える。あまりに生殺しだ。欲望というものはこうも制御できないものなのか。世界が好きだと自覚したのはいいけれど、それが裏目に出ている。それだけは間違いない。
 「そうだとしても無理やり食うから安心しろ」
 「……いや、それで吐かれても困るし。準備すっから手伝ってくれ」
 何やら鍋をかき混ぜていた世界は航輔にキッチンのほうに来るよう言った。荷物をソファに置くと、言われた通り世界のところへ。
 「お前納豆食える?」
 「好きでも嫌いでもない」
 むしろキムチを入れて食べたりもするから、好きな方だと言えるかもしれない。
 「ご飯好きなだけもってけー」
 「おう」
 そうこうしているうちに、準備が整った。ご飯と豚汁、納豆、あとなぜか焼き鳥めいたものがある。鳥と長ネギを甘辛ーく炒めたもので串に刺せば焼き鳥と言い張れるかもしれない。
 「……これは、なんだ?」
 けど一応聞いてみることにする。唯一のおかずと言ってもいいし、何かこだわりポイントがあったりするかもしれないからだが。
 「焼き鳥を串に刺してないようなやつ。刺さなかったのはまあ面倒だったからだな」
 本人的にはただの焼き鳥でしかないらしい。見た感じはむしろおいしそうでとてもめんどくさがり屋の世界が作ったとは思えない。
 「じゃー冷めねーうちに食うか!いただきます!」
 「いただきます」
 さっきまでの様子を見ていて思うことがある。それは昼過ぎに電話をかけてきた時と違って、妙に元気だということだ。夢は夢、できちんと割り切っているのだろうか。それならそれで、いいのだが。あまりに普通にふるまっていて一体、と感じたりもする。
 「どーだ、一応全部俺が作ったんだけど」
 「前もそうだったけど、普通に料理できるよなお前」
 「あくまで趣味、なんだけどな」
 もはや得意分野と言い張っても構わないレベルだと思う。それだけ素直においしいと言える。細かいところは言い出せばキリがないし、一口食べて誰かにおいしいと言わせることができるのなら、それは素晴らしいことだと思う。
 「趣味でも、人を喜ばせることができるなら立派だと思うぞ」
 だから、そんな風に卑下することもない。
 「そ、そか……ありがとな」
 照れているのか、若干世界は顔を赤くして。ちょっと気まずくなったのか、そこから黙々と食べ始めた。会話が切れ、航輔もようやく食べることに集中し始める。
 

- continue -

2012-03-25

あとがき書くのが面倒に(ry
なんて話はさておいて全体でまたあとがき書くと思うんですよね。
終わりに向けて進んでいるので特に言うこともないような。
ではー