第03話 『僕の作った部活に入らない?』

 「え?」
 外は校門に通じる道だから、多少は人通りがある。けれど、そんな中このカフェテリアは少し隔絶されている雰囲気である。この時間帯は利用者が少ないから、必然的に人がいない。赤い太陽の照明の中で、熊野が言い放った。
 俺は思わず席を立ちそうになるが、まだ紅茶を飲み終えていない。でなければすぐさま立ち去っていただろう。所詮熊野は熊野だったということか……!ここまで考えた時、ようやく熊野は思い出したかのように言った。
 「ああ、ごめんごめん、忘れるところだった」
 むしろ普通に忘れていたようだが、俺は少し安堵した。さっきまでのやりとりのせいですこし訝しんでいたが、彼もいたずらに人をからかうだけではないらしい。
 「んと、君よく見かけるんだけどさ、部活とか入ってないよね?」
 ……。確かに、授業後になるとそこらをぶらついたりすることもあるが、俺自身は熊野を見た記憶がまるでない。たぶん知り合い以前の時だったから視界に入っていても気に留めなかったに違いないだろうが。むこうはそうではなかったらしい。
 「まあ、そういうことになるな」
 でもなければあんな時間に帰ろうとはしなかっただろうし、呼びとめられてまともに応対をしなかったに違いない。
 「じゃあちょっと僕の作った部活に入らない?」
 なにがじゃあなのかさっぱりと不明だったが、とにかくこういうことらしい。暇なら部活はいれ、と。無論、俺の返事は決まっていた。
 「面倒だからパス」
 即答、ともいえる速さ。そもそも内容を説明しない段階でどうかしてるのではないかと思う。
 「えー、せめて少しくらい悩むとかないのー?」
 ココアのカップをゆらゆら揺らしながら熊野は言った。断るにしても少しは考えろ、というところなのだろうか。そんな事情は俺としては知ったことではないのだが。
 「じゃあ一応聞いといてやる。なんの部活だ?」
 一応、とは言ったものの、それだけで効果は覿面だったらしい。熊野は一気にやる気になったようで楽しげに説明を始めた。
 「うん、園芸部なんだけどね。主に中庭の植物の世話をしてるんだけどさー、人手が足りなくて」
 このあたりの事情は単純である。この学校、部活の申請は紙一枚書くだけで顧問も部員も集めなくてもいい。それだけど部室はもらえるので謎な学校である。部活というよりむしろ秘密基地じみている。が、代わりなのかなんなのか兼部は出来ないかったりする。
 「趣味の範囲でやってればいいじゃないか」
 第一世話なんぞしなくとも業者が入っているようだし、無理にしなくてもいいはずだ。
 「んー、そこなんだけど。部活つくったときに中庭だけは部で世話してほしいって言われたんだよね。位置関係的に中庭だけ場所が離れすぎてるからって理由で。代わりに好きな花植えていいって言われてるし、多少は備品の申請も融通聞かせてくれるって言うし」
 話を聞く限りでは本人も最初は趣味で部活を作ったらしい。が、そしたら余計な仕事を押し付けられた、と。それでも引き受けたならやるべきだし、実際今まで一人でやってきたんだから今俺を引き入れなくとも問題はない……はず。ここまで考えて俺は思った。なんでこんなに否定する理由ばっかり探してるんだろう。確かにすることがないのは事実だし、やってもいい気もする。
 「最近は週にニ、三回くらいは世話してたんだけど、一人だとなんかつまんなくてさー。そこになんだかわからないけどよく遭遇する人物がいてね。部活に入ってないときたらちょっと誘ってみようかなって」
 話の流れはだいたいわかった。別に引き受けなくてもいい気がした。
 「そうか、それじゃ」
 そう言って席を立とうとしたら肩を掴まれた。まだ何か用なのだろうか。
 「まーまー、聞いて聞いて。とにかく、最初は週一日だけでいいからさー」
 俺の今までの立ち位置からして、中庭で花の世話をしていたら他の人間はどう思うだろう。答えはギャグだ。自分でもちょっと想像して吹き出しそうになってしまった。
 「……考えておく」
 適当に濁しておけば問題ない、とそう思った。が。
 「わかったー、あとでメールするね」
 バッと振り返ると熊野は携帯を二台持って操作していた。ポケットを弄ると携帯が入っていない。……スッたのか、あいつ。
 何やら操作が終わったのか俺に携帯を差しだす熊野。すかさず乱暴に回収する俺。はたから見るとカツアゲのように見えてしまいそうでなんだか悲しい。
 「一応聞くがなにした?」
 「アドレス交換」
 熊野はしれっと言ってのけた。……。けれど怒ったところで仕方がない。というより俺がなぜ怒るのかがわからなさそうである。まったく扱いにくい奴だ。
 「じゃーねー!」
 手を振る熊野を尻目に俺は代金を払ってその場をあとにした。
 数刻前までは鮮やかな赤色を醸していた空も今ではすっかりと暗黒に支配されてしまい、視界も随分と悪くなる。そんな道を歩きながら俺は考えていた。
 主に熊野についてである。思い起こしてみればここ最近の帰り道はずっとあいつのことばっかりだ。随分と久しぶりに友達らしい会話をしたともいえるから、あまり否定のできない話だ。
 ……友達?そこの部分だけ妙に引っ掛かりを覚える。ただ世間話をしただけにすぎないのに、友達とは随分俺も大きく出たものだ。むこうは俺のこと、きっとなんとも思っちゃいない。ただよく見かけるからちょっと声をかけてみただけで、あいつにとっての友達はきっと他にもたくさん、いる。
 けど。思う。思えばあいつとのかかわりはたいてい熊野が発端になっている。俺は特に何もしちゃいない。それについさっき。あいつは俺の携帯アドレスを勝手にだが欲しがっていた。まあ、それくらいなら友達と呼んでもいいんじゃないだろうか。
 そうは思ったけれど。家に帰って鞄に放り込んであった携帯に恐ろしい数のメールが来てた時には少し恐怖した。が、めったにメールなんて来ないので反面、少し嬉しかったりは……したけど。
 夜。風呂に入った後は寒いので自室にこもる。母親に「なんだか今日は嬉しそうね」とか言われて驚いたが否定も肯定もしなかった。嘘ついたところでどうせばれるし。学校で出された課題を終えてさてどうしようかと思ったところにまた携帯が音を立てる。
 メールの内容は明日部室に来て、とかそういう内容だった。確か明日は土曜日だった気がするのだが、これはどういうことだろうか。
 その旨を書いて返信するとまたすぐに帰ってきた。
 『え?そのまんまの意味だけど』
 ……ほほう。要するに明日休みなのにわざわざ学校に来い、とそういう意味合いなのだろうか。つくづくいい度胸をしている。が、どうせ暇なのは悲しいところだった。
 結局あれから少しごねてみたものの押し切られて明日学校へ行くことに。せめてもの嫌がらせとして一時間くらい遅刻してやろうと思う。反故になったらまあ、いつもみたいにカフェテリアで時間つぶして帰るまでだ。驚いたことに一部は土日でもやっている。バイトまで募集してたくらいだ。あの学校、実はアルバイトにもとても寛容だったりする。
 夜も遅くなり、俺はもう寝ることにして身支度を整えて布団に入る。
 が、最終的に俺はどうしたいんだろうと思ううちに少し目が冴えてきた。熊野に誘われた園芸部のこともそうだし、なにより熊野についても。前者は別に入ってもいいかな、と今は思う。真面目に活動してるし、勧誘活動はある意味で熱心だった。だから、最低でも籍を置いて気が向いたら手伝ってやる、というのもいいかもしれないなと俺は思っていた。
 熊野についてはまだよくわからないことが多い。というよりよくわからない行動を起こしていることが多いので結局だれに聞いたところであいつのことは分からないのではないかと思う。でも常識の範囲から大きくそれてるわけではないし、至って真面目な奴だと思っている。ただ、奇妙な方向にその真面目さを発揮することが多々あるように、俺は感じてたりする。
 たとえば今日の勧誘にしたってそれは言える。人選を間違っているようにしか思えない。熊野みたいに外見文学少年が植物の世話をしていてもなんの違和感も感じないが、俺みたいなのは違和感の塊にしか思えない。
 それでも俺を誘ったのは、何か理由があるのか、それとも単に部活に入ってない奴がいなかったからなのか。それは俺には分からないけれど、はっきり言ってしまえば理由はどうでもよかった。
 すっと布団から出てカーテンを開ける。カーボン式のストーブが煌々と放つ赤い光が常夜灯のように部屋を照らしていた中で外からの淡い光が入り込んできた。それは通りがかる車のヘッドライトなのか、付近に建っている街灯なのか、それともちらちら降り出した雪なのか。
 とにかく言えることが一つだけある。それはいつそれを感じたのかはわからないけど、今になって思い返してみれば。それは校門の前で話しかけられた時に心の奥底で感じていたことなのかもしれないけれど。素直に、心の底から嬉しかったということだった。
 たとえあの場では邪険にしてたとしても、部に入るのを多少嫌がったのも、とにかく今はいい。俺が今一番知りたいことは、熊野が俺のことをどう考えているのか、その一点である。ただ部活を手伝ってほしい一心で頭数として見ているのか、それとも俺と友達になってもいいとか思って、それで誘いをかけて来たのか。一番可能性があるのは前者だって、それは分かってるんだけど。
 

- continue -

2013-08-15

園芸部がある学校なんて、そうそうあるんでしょうか。
少なくとも僕は今まであったことがなかったりして。