第05話 『了解であります!』

 ここで俺から見た熊野翔太という人物を改めて説明してみようと思う。痩身の虎系獣人で、メガネをかけていて、紅茶片手に本を読んでると決まってしまうような奴。以上。要は文学少年を具現化してくれればわかりやすい。実際のところ俺は熊野が本を読んでる場面に遭遇したことがない。部室にある本と言えば植物図鑑や草花の世話について書かれた本など、一応園芸部らしい品揃えである。それでも俺は本を持って座ってる状況に遭遇したことはないのだが。
 あと大きな特徴として生気のない目である。これにより無表情・無気力・無感動な熊野の性格が形成されている気がする。とはいえ、完全に無表情というわけでもない。一応ちゃんと笑うことはできる。ただ、その他の感情があるのかはわからない。俺が一時間遅刻しても平然としていた。ついでに無気力っぽくみえるが植物に関してはそんなことはないようである。これまでも週に二、三回の世話は欠かさずやっているようだし。
 ここからは若干の補足になるのだが。熊野はやたらと知り合いが多い。お互い名前を知っていて多少親しい、という間柄の関係にある人物が多い、という意味である。これについては今日知った。グラウンドでもヒマしてる人間に声を掛けられたり、教師からも声を掛けられたりしている。俺についてはノーコメントである。わざわざ言うまでもない。
 そんなわけでたどり着いたのは、中庭に設置されている小さい物置だった。
 「ここに草花の世話に使う肥料とか、ゴミ袋とか、如雨露とかホースが入ってるから使ってね」
 生徒に運営を任せているからお遊び程度のものなのかと俺は思っていたのだが、支給されてる品をみると本格的だった。所詮はこの学校である。俺の考えが浅はかだったのか。
 「あ、でもこれの鍵ひとつっきゃないから開けたいときは僕を呼んでね。大抵いると思うけど」
 大抵いる。中庭によくいる、ということだろう。裏付けと言っては薄いかもしれないが、俺が中庭で連日遭遇したところから言っても、それは間違ってないと思う。
 それほどまでに、好きなのだろうか。そう思うと、なんだか心の隅でチクリと何かが痛んだような気がした。だが、それの正体はわからない。一体なんだというのだろう。
 中庭から見上げる空は何処までも青く、雲一つない快晴だったが、その蒼天に答えを求めたところで結局わからない。それはおそらく、あの空みたいにきれいな感情とはほど遠いものだからということか。
 「ねーねー、お腹空かない?」
 またいつかみたいに俺の服の裾を引っ張りながら言った。が、今回はただ昼飯の催促をしているだけである。俺がついさっきやろうとしてたことでもあるから、特に意義を唱えることはしなかった。
 「そうだな……行くか」
 今日でも開いている学食はあるにはある。だから、部活動をやっている者たちがやってくる前に行ったほうがきっと効率はいい。若干早めの時間であることに、わざわざ理由をつけながら。二人で学生食堂へと向かう。
 学生食堂、とは言ってもそこはこの学校。どこかちょっとお高いレストラン並みの設備である。もっとも、出てくる料理までちょっとお高いレストラン、というわけにはもちろんいかないから、なんだか妙にちぐはぐな雰囲気が漂っている。
 「んー、今日はどーしよっかなー」
 なんだかむしろ楽しげな雰囲気さえ出して、券売機に書かれてる字を目で追っていた。ちなみになんと、ここは食券制が採用されている。ウェイター雇うよりはるかに低コストだからなのだが、やっぱりこれも雰囲気に合ってない。合理性と理想は相反するものなのだろうか。いや、そもそもそれを同時に取り入れようとしたからこそ起きたことともいえる。
 「カレーにしよっとー」
 結局決めたのはカレーらしい。俺は天ぷらそばの食券を買ってあとに続く。学校来てまでカレーは食べたくない。別に熊野に対してどう、というわけではないのだが。
 「それじゃあいただきまーす」
 「……いただきます」
 手を合わせたものの、それから熊野は少し忙しそうだった。福神漬けをどばどば入れたりソースを加減を測りながら入れたり、など。食べ始めるまでに結構な時間を要していた。
 「お前、カレー食べるだけでも大変なんだな」
 だからつい、口にだして言ってしまった。
 「まあね、市野瀬君も食べ物に対するこだわりって少なからずあるでしょ?」
 ……。こだわり。考えたことはなかった。だけど熊野ほどではないが多分、俺にもそういうのはきっとどこかにありそうだ。でも。
 「けどそんなに福神漬けをいれるのはないな」
 7種の野菜で作られた漬物は今やカレーの具と遜色ない程度の量が混ざっていた。いや、これは俺も少なめに言ったのが悪いが、むしろ福神漬けだけで皿の4分の1が占められているのかもしれない。
 「むう、いいでしょ、僕にとってこれが一番おいしいんだから」
 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。が、カレーを食べ始めてすぐにまた機嫌は直ったようである。……俺が言えたことではないが、単純というかなんというか。
 そして他愛のない雑談を交わしながらそばをすすり続ける。気が付けば結構な混雑になっていた。やはり弁当を持ってくるより安上がりなのは嬉しいのか。温かいものが食べれるという意味においてはこの場はやはり重要な役目をはたしているに違いない。
 と、つつがなく食べ終わりお粗末様、と手を合わせたはいいのだが。
 「お前……食べるの遅くないか」
 まだ半分以上熊野の皿にはカレーライスが残っていた。そばとカレーライスの食べる速さを比較したところでそこまで意味をなさないことは俺も重々承知している。だがここまで差が出るほどカレーが食べづらい代物だと俺は聞いたことがない。
 「市野瀬君が早いだけだってば」
 手をひらひらさせながら言う。実際俺も最初はそう思った。が、それを差し引いたところで大盛りですらないカレーとそこまで差が付く理由にはどうしても思えなかった。
 「……まあいい、早く食べろ」
 「了解であります!」
 ちょっと急ぐしぐさを見せたが、それも一瞬のことだった。結果俺はしばらく手持無沙汰な状態で熊野がカレーを完食するまで見届けることとなった。
 食堂を出て再び部室棟に戻ることになった。結局一番先に入ったにも関わらず出ていくのは一番最後というある意味で食堂の人たちの記憶に残る二人組と化してしまったのである。
 午前中とはちがい日がちょっと傾き始めている。それでもなんだか寒さをあまり感じない時間帯なのは、やはり太陽が一番照りつける時間だからだろうか。けれど、そんな表現をしたところで夏場には遠く及ばないのだが。
 「さって、今日はあとどうしよっかなー」
 廊下を歩きながら熊野は言った。独り言なのか俺に言ったのか、分かりかねる口調だった。どうやら今日はまだ拘束する気らしい。楽しげな口調にその一端が垣間見える。俺としてはどうせ暇だから構わない。
 「なんだ、何も決めてないのか」
 結局俺への質問として処理することにした。熊野が本当に何も決めてないのかを探る意味もある。
 「うーん、いつもなら部室でぐーたらしてるんだけどね」
 今日は君が居るし、と続けていた。俺はその言葉自体に少し引っ掛かりを覚える。ぐーたらするだけならわざわざ学校にやってくる必要はない。むしろ自分の家の方が快適にぐーたらできるのに、とまで考えて思う。家庭の事情というやつだろうか。それなら学校に来た方が快適にすごせる、ということもあるかもしれない。いずれにせよ、俺が口をはさむところではない。
 「今から帰ってもすることないからまだあそこに居ても構わんが」
 言ってて少し悲しくなる。が、そんなことを気にしててもしょうがない。
 「そうだねー、とりあえず部室行ってからにしようか」
 ここで決まらないなら部室で話しても決まらないだろう。が、こんな寒いところで話をするよりはマシなのだった。
 が、結局自由行動か解散、という結局なにしに部室に戻ってきたのかわからない結論に至った。けれど実のない議論を続けているよりはマシだとは思う。
 俺はまあぼんやりと置いてあった雑誌類に目を通してみることにした。植物に対する興味はあまり湧かないが、けれど園芸部に在籍する以上は知識がない、というのは言い訳にならない気もした。……とまあ理由を並べてみたが、要するに暇つぶしである。
 暖房の音と熊野がパソコンでなにかをしているのかマウスやキーボードをたたく音だけが響く。部屋にあったのはコーヒーメーカーだけだったので、インスタントコーヒーを淹れる。俺としては豆から挽く方が好きだが、ないものねだりをしたところでしょうがない。
 「うーん、いいのないなあ……」
 なにやら熊野がぼやく。声の大きさからして俺に聞かせたかったわけではなさそうだが、耳に入るとすこし気になってしまう。コーヒーを片手に熊野が何をしてるのか見てみた。
 「……なんだ、バイトでもするのか」
 見ていたのは求人情報だった。
 「まあ、ね。でも時給がちょっとなあ」
 俺はそういうものの相場がわからないのだが、熊野から見ると満足いかない数字らしい。これに関しても口をはさむことでもない、とこの時は思っていたのだが、これが後々面倒なことになるとは今は思わなかった。
 

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2013-11-19

そういや最近更新してないような気がするなーと思ったら本当にしてませんでした。
月一くらいのペースは維持したいものです。